きみの明星にふれる | ナノ
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指先の記憶

穏やかで、丁寧な文字列が、わたしをじわりと侵食していく。心臓の奥が騒がしく、懐かしく、そして寂しい。



拝啓

君がこの手紙を開くのは、一体いつになるのだろう。僕は、傍にいるのかな。傍にいるといいな。もしかすると、この手紙は君に渡すことなく燃えてしまうかもしれないけれど、それはそれでいいんだ。これは僕の寂しさや恋しさを埋めるためのものであり、そして決意をするためのものでもあるんだから。
僕自身、どうしてこの手紙を書こうと思ったのかよく分からないんだ。でもきっと、エジプトに向かう今日これまでの旅路で、いつも君のことが頭に思い浮かぶからだと思う。そして、先日見つけたこの藍色の、星屑が散りばめられたみたいな便箋を見た時だって、君の笑顔が浮かんだからだ。
いざ、手紙を書こうとすると書きたいことが多くて書ききれないから、旅の中の話は帰ったときにでもしようかな。珍しいものも沢山見た。美しいものも、興味深いものも、恐ろしいものもね。ああ、でも、一つだけいいかな。実はこの間とても綺麗な星を見たんだ、砂漠の中で野宿したときにね。いま、驚いたろ? まあ、砂漠のど真ん中で寝泊まりなんて、そうそう出来ることじゃあないからね。君は自然に囲まれて過ごすのが好きだし、案外気に入るかもしれないな。結構いいものだ、野宿もね。流石に何日も続けていると辛いし飽きてはくるが。ホテルのベッドが恋しいよ。
君とも一年くらい前かな、流星群を見に行っただろう? ちゃんと覚えているかい? まあ、君があの光景を忘れるなんて、天地がひっくり返っても有り得ないだろうけど。だって、あの時の君のはしゃぎっぷりは、ねえ? 今思い返しても笑ってしまうくらいだ。はしゃぎすぎて何回も転けそうになってたし。
話を戻そうか。砂漠で見上げた星空が、とても綺麗だったんだ。君と見た星たちと中々にいい勝負だった。星を愛してやまない君のことだ、絶対に気に入るはずだ。だから、
だから、見に行こう。僕が帰ったらもう一度、二人で。いや、実は君に紹介したいやつがいるから、そいつと三人だっていい。少しくせのある奴だけど、根はとても強くて優しい奴なんだ。きっと君も気に入ると思う。
いい返事を期待してるよ。まあ、予想はつくけどね。
いつも、本当に、ありがとう。
君はとっくに気づいているのかもしれないけど、僕は、少し君に隠していることがあるんだ。それでも君は僕と一緒に笑いあってくれた。とても嬉しかったんだ。君と仲良くなってから、毎日楽しかったよ。君のおかげだ、僕が笑って過ごせたのは。普段は照れくさくて言えないからね、手紙で伝えようと思って。
いつか、僕のこと、全て君に話したいと思う。少し時間はかかってしまうだろうし、突飛な話だから、とても驚くかもしれないけど。でも、君には話したいんだ。だから、待っていてくれると嬉しいな。
ああ、もうこんな時間だ。君へ送る言葉を考えていたら、いつの間にか時間が経ってたよ。手紙を書くって意外に難しいものだ。
それじゃあ、この辺で。帰ったら、まずは駅前のケーキを食べに行こうか。君が行きたがってたから。

敬具
花京院典明
森瀬光様


△△△


高校生の癖にこんな素敵な便箋に手紙だなんて、ませてるなあ、花京院君。
懐かしさを感じる美しく暖かな文字は、紛れもなく彼のもので、みっともなく震えてしまいそうになる。
この手紙を書きながら、花京院君はどんな顔をしていたのだろう、とぼんやりと思った。エジプトから帰ってきた彼の顔は、この世のものではないくらいに美しく、安らいだ顔をしていたから。最近ではその顔ばかり思い出してしまう。
藍色の、夜空を映したような便箋を、皺にならないよう丁寧に胸に抱え込む。彼の温もりなんて残っているはずも無く、ただかさりとした感触と、冷たさが指に残る。それでもどうしてか、花京院君と繋がれるような気がした。
ねえ、花京院君。わたしと居て、本当に楽しかったかな。無理してなかった? そんな風に思い続けて、もう十年以上経った。それでも夜空の上に並んだありがとうという文字と、楽しかったという言葉に、まんまと救われそうになっている自分が情けなかった。
瞳を閉じると、あの日の星が浮かぶ。涙みたいに溢れた星たちが落ちてくる空と、掌を包み込む感触を。
きっとこれも、次第にわたしの中から零れ落ちてゆくのだろう。一つ一つ、抜け落ちてゆき、いつか全てが、薄ぼんやりとした霧になってしまうのだ。
それなのに、これ以上好きにさせるなんて、酷い人。