∴ きみの明星にふれる 泣くだろうかと、そう、思っていた。 けれど森瀬の瞳にはどこまでも穏やかな色が灯り、ふ、と力が抜けたように緩く笑っている。 「わざわざ、ありがとうございました」 伏せられた瞼の先で、睫毛がふるりと震えていた。 「本当に、ほんとうに、ありがとうございます。届けてくださって」 深々と、森瀬が頭を下げた。揺れる髪の毛は、窓から射す光を鈍く映している。再び顔を上げた時には照れたように微笑んでいて、そっと、安堵のような感情が胸に触れた。 「ふふ、なんだかむず痒いですね、手紙って」 「……駅前のケーキは?」 ふと、気になっていたことが口をつく。森瀬は暫くきょとりと目を瞬かせていたが、思い当たったように「ああ」と声を漏らすと声を漏らして笑った。 「もしかして、読んだんですか?……まあ、封筒に差出人が書いていませんから、仕方ないんですけど」 気恥しげに眉を下げて、少しだけ目を逸らすと、森瀬は首を横に振った。 「行ってません、花京院君と約束したので。だから……だから、行ってません」 「じゃあ……エジプトは」 「あはは、確かに素敵だなあ、と思いましたけど。……それに、そんなお金ありませんよ」 「連れていこうか」 間抜けな顔が見えた。ぽかんと口を開け、ともすればぎょっとしたその顔で暫く固まった後、森瀬は今度は破顔して、酷く可笑しそうに笑っている。 「空条さん、やっぱり変わってます」 「……そうか、」 「褒めてるんですよ」 ひとしきり笑って、滲んでいた涙を拭った後、森瀬が真っ直ぐに頭を下げた。髪が揺れ、その奥には赤色のイヤリングが暖かい光を映している。 「ありがとうございます」 顔を上げた森瀬の顔は、笑いながらも、ほんの少しだけ、寂しさが滲んでいる。 「……花京院君、わたしに見て欲しいですかね、エジプトの星」 「…………ああ、」 そっか。 森瀬は細い声を漏らすと、ゆっくりと瞳を閉じて、何かを噛み締めるように、何かが過ぎるのを待っているように、唇を噛んでいた。 「……うん、3人で、行きたかったんですもんね、花京院君は」 きっと、あなたと、わたしと、花京院君の、三人で。震える声が、そう零す。 俺は脳裏に描いた。今とは違った未来を。 照れくさそうにあいつは目の前に座る女を紹介して、きっと女は、あいつの「友人」という言葉に一度は拗ねた顔をするのだろう。そうして、満天の星空を、笑いながら見上げたのだろう。子供のように、はしゃぎながら。 「………三人で、見ましょうか、」 瞳を開いた森瀬の顔は、悲しみを浮かべくしゃりと歪んでいても、それでも尚晴れやかだった。 「まあ、お金、貯めてからですけどね?」 「それくらいは此方が持つが」 「……いや、大丈夫です……」 ふふふ、という笑い声につられて笑う。 「好きか、今でも」 脈絡のない問いかけに、森瀬は迷いなく頷いた。 「はい、ずっとずっと、大好きです」 珈琲はずいぶん前に冷めきってしまったらしく、飲み干した珈琲は冷たい。 「……顔を見せに行こうか」 「いいですね、丁度今日行こうかと思ってたんです。……じゃあ、御一緒させてください」 太陽はこの店に入ってから随分と傾いた。会いに行く頃には夕日も落ちているかもしれない。 森瀬が、手紙を大切そうにしまい込む。その顔を、窓から射す光が照らしている。 「ああ……でも少しだけ、待ってくださいね」 手紙の返事を書かなくては、いけないので。 そう笑う森瀬の瞳の奥には、光が灯っている。暖かく穏やかな光は、星と、よく知るあいつに似ている。 |