きみの明星にふれる | ナノ
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星空に潜る

瞼の裏に焼き付いたまま剥がれることのない、あの50日間。

うだるような暑さはいつの間にか息を潜め、寒ささえ感じる夜の砂漠で、あいつは一人、星を眺めていた。他の奴らは皆眠りに落ちていて、自分も浅い微睡みの中にいたが、ふと目が覚めてしまったのだ。誰かの鼾が聞こえてくる。ポルナレフだろうか。
起き上がり、荷物に凭れていたあいつに近づくと、気配に気がついたのかふと振り返った。

「どうした承太郎? 眠れないのか」
「ああ。目が覚めちまってな。……お前は?」
「ぼくは星をみてたんだ」

眩しそうに目を細め星を見つめるその姿を、今ではぼんやりと思い出す。歳を重ねるごとに、あいつの姿は段々と朧気になっていく。
あいつの視線を追うように、空へと目を向けた。街明かりなんてひとつも無い砂漠のど真ん中では、星はこれ以上ない程よく見えた。膨大な数の光が穏やかに、しかし力強く輝いている。

「綺麗だろ?」

あいつは、星を見上げた俺に、得意そうに笑う。

「星が好きなのか」
「ああ、まあ……好きなんだけど」

煮え切らない返事は珍しく、そして意外だった。そう思いながら暫く見つめていれば、観念したようにあいつはため息を着く。一度目が合い、そうしてまた星を見上げる。

「友人が好きなんだ」

少し照れたように頬をかくその表情は温かく、俺は少し驚いた。それに気づいたのか、あいつは不服そうな顔を向ける。

「なんだよ、……ぼくに友達が居るのがおかしいって?」
「女か」
「え? まあ、女の子だけど……」

何を思ったのか、あいつは呆れたような顔をして「承太郎、意外と恋愛話が好きなのか?」なんて言う。ささやかな仕返しのつもりだろうが、俺が少し笑うと諦めたようにまたため息をついた。
瞳が夜空に向けられて、そうして眩しげに細められる。その友人だという女を思い出しているのだろうというのは明らかだった。笑えてしまうほど、優しい顔をしている。

「彼女が星が好きでね。……流星群なんかも二人で見に行ったよ」
「へえ……」

あれは凄かったな。この星といい勝負かもしれない。
そう言って、得意そうな顔で、あいつが笑う。

「あの子がみたら喜ぶだろうな……馬鹿みたいにはしゃぎそうだ」

あいつがはは、と笑い声を零した。俺は脳裏でその女を思い描いてみる。満天の星の下で、子供のように跳ね回る、そんな姿を。

「帰ったら、このことを話してあげよう」

あまりにも愛おしそうな顔を星に向けるものだから、思わず笑ったのを覚えている。呆れながら、あいつも笑う。

「承太郎にも紹介したいな」
「馬に蹴られるのはごめんだぜ」
「なっ、……だから彼女は…………まあ、いいか」

少し満更でもなさそうなのが、余計に面白い。笑いを噛み殺す俺をあいつは訝しげに見ている。

「なにがそんなに面白いんだ……!」

あの日の空が、脳裏に焼き付いている。


△△△


「ああ、わたし、星を眺めるのが好きなんですけどね」

思わず笑った。森瀬はきょとりとした顔で目を瞬かせる。暫く呆けていたが、何を思い立ったのか拗ねたように顔を顰めた。

「似合わないのは分かってますよ。でも笑わなくたっていいんじゃあないですか」
「ああ、すまない、」
「別に、謝ることはないですけど……」

最初よりも幾分か慣れたのか、笑顔が零れることが増え、花京院のことを話す度、瞳が優しげに溶ける。表情が豊かな女だと、そう思った。ころころと感情が表に出やすいタイプなのだろう。

「……それで、次の話は?」
「えっ、せっかちですねえ……人の恋バナとか好きなタイプには見えないのに」

森瀬は笑いながら、やっぱり少し変な人、と言葉を零した。ひとしきり笑ったあと、褒め言葉ですよ、と取り繕うように付け足したが、その表情は楽しげだ。細められた瞳が、あの日の瞳を引き上げてくる。

「まあ、なんというか……そう、星です、星。星が好きなんです」
「……ああ」
「だから、夜に二人で見に行ったこともあります」
「流星群か?」

笑い混じりにそう返すと、不思議そうに瞬きをして森瀬は首を緩く傾ける。

「……そう、流星群。どうして分かったんです?」
「……さあな」

ふふ、不思議な人ですね。目元を綻ばせ、楽しそうに笑う。珈琲のカップに口をつけると、ふ、と息を着いて、もったいぶるように緩やかな動きで目を伏せた。

「……この話はとっておきですから、よく聞いてくださいね?」

森瀬の瞳が、記憶を大切に掘り起こすように瞬いた。