きみの明星にふれる | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



欠けて駆けて

花京院典明を知っている人間は、大抵の場合、彼の印象を尋ねられると「良い人だよね」と言うのだと思う。気を回すのが上手くて、空気を読むのも自然だった。物腰は柔らかくて、紳士。それに中学生の時から端正な顔立ちをしていたこともあって、彼を好きな子だって沢山いた。花京院くんって優しいよね、かっこいいよね、大人っぽいよね。
そんな花京院くんは、その一方で、周りとぴしりと線を引く子だった。どんなに柔らかな笑顔でお話していたとしても、いつのまにか彼との間には見えない線がぴん、と引かれている。その上その線を隠すのがとても上手い。決して友達が居ない訳ではなくて、でもいつも一緒にいるような人間はいなかった。周りとつるんでしょうもない悪さをする男の子達の中では、やっぱりどこか異質だった。どこか諦めたような瞳、少しだけ突き放すような声。こちらに笑いかけるその表情の奥の、奥の、ずうっと奥に潜むそれに、一体どれだけの子が気づいていただろう。
わたしは中学校から初めて花京院くんと同じ学校になったからそれ以前のことはよく知らないけれど、幼稚園と小学校が同じだったという男の子だけが「少し変わってる」だなんて言っていたっけ。

わたしはといえば、特に秀でたことも無い、そんな子だった。花京院くんと初めてお話したのは多分、中学二年生の時。同じクラスになって何度目かの席替えで、確か隣の席になったのだ。よろしくね。そんなふわふわした形だけの、そんな挨拶。花京院くんとは暫くつかず離れずのクラスメイトだった。名前は知っているし挨拶程度ならするけれど、その他は全然。そんな名前ばかりの知り合い。
それがどうしてか、わたし達は仲良くなった。きっかけは、なんだっただろう。薄れた記憶を、どうしても掘り起こすことができない。全然大したことではなかったのかもしれなかった。けれど、覚えていないことが歯がゆくて、悔しくて、苦しい。どんなことを話したのだろう、わたし達は。薄ぼんやりとした記憶の中で、花京院くんはいつも微笑んでいる。

花京院くんとわたしが一緒に居るようになったことは、周りにはどうにも奇っ怪なものに写ったらしかった。花京院くんが周りと最低限の関わりしか持っていなかったことも大きかったのだろうと思う。「なんか、意外」と不思議そうな顔をされたのを覚えている。ああ、でも「何かあったの」と問われた時、わたしは何と答えたのだったっけ。思い出せない。
思い出せないということが、こんなにも辛いだなんて、あの頃は思いもしなかった。ちゃんと刻みつけておけばよかったのだ。花京院くんの顔も、声も、言葉も、仕草も。全部全部、しっかり大切にしまいこんでいればよかった。そうすれば、今こんなにも息が苦しくなることはなかったのだろうか。覚えていたかった。すべて。