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小さな掌

 ぷかぷか浮かぶボートに揺られながら、なんだか最近こんなのばかりだな、とぼんやり思った。
 敵であったあの偽物の船長は、わたし達が乗っていた船に爆薬を積んでいた。わたし達を倒そうと倒すまいと、爆破するつもりだったのだろうか。わたし達はやっとのことで小舟に乗りこんで脱出し、今は海の上を揺られている。救難信号は出したから、すぐ救助が来るはずだけれど、やはりため息をつきたくなるのは仕方なかった。なんだかデジャヴだ。
 すぐ隣には、先ほどの船で乗り合わせた女の子が神妙な顔で自分の周りの屈強な大人たちに目を向けている。名前はアンちゃん。ぐるりと一周した彼女の目線がわたしへと向けられ、わたしは取り合えず彼女を安心させようと笑顔を浮かべたけれど、彼女は眉間に皴を寄せただけだった。嫌がっていると言うよりも、不可解なものを見る、という感じだ。

「なにがなんだかわからないけど、あんた達、いったい何者なの……?」

 まあ、あんなに不思議なことが起こったら、そうなるよなあ。誤魔化すように笑ったわたしに、彼女は余計首を傾けた。

「それにあんたは……あんまりにもその……」

 いい澱むアンちゃんの言いたいことは、なんとなく分かる。つまりは、この屈強な団体に混じる貧弱なわたしが不思議で堪らないのだ。通り過ぎる人にも偶に振り返られるくらいだもの。といっても、大抵彼らは大柄で屈強な多国籍の団体にぎょっとしているだけで、わたしに目を向けることが殆ど無いけれど。

「君と同じに旅を急ぐ者だよ、もっとも君は父さんに会いにわしは娘のためにだがね」

 ジョースターさんの言葉に脳裏で聖子さんの顔を思い浮かべる。溌溂とした太陽のような笑みと、優しい掌と、苦し気な呼吸が頭の中を周る。心臓の痛みを誤魔化すように掌を強く握った。
 落ち着かせるように息をつくと、水筒に口をつけていた彼女の唇から、勢いよく水が拭き出した。ギョッとしたわたしとジョースターさんの声を聞き流して、彼女は震える声で前方を指し示した。
 いつの間にか、小舟の目の前には、大きな貨物船が立ちふさがっていた。


△△△


 乗り込んだ船には、誰の影も見えない。機械類は作動しているのに、船員が誰も見当たらないのだ。妙な薄気味悪さを感じつつ、わたしは辺りをそっと見渡した。異様な雰囲気が、またスタンド使いに攻撃されているのでは無いかと、そう思わせる。
 船内を確認し、甲板に戻ると、先を歩いていたジョースターさんが息を飲んだ。

「アヴドゥル! その水兵が危ないっ!」

 弾かれるようにジョースターさんの視線の先へ目を向ければ、アヴドゥルさんの背後のクレーンが、ゆらりと動き出すのが見えた。その目の前には水兵が驚いたような顔で立っている。

「ほ、ホーリースフィアーズッ!」

 殆ど反射的に、彼女達の名を呼んだ。水兵の周りに透明な膜が生まれ、ギリギリのところで、ガキン、という鈍い音と共にクレーンの針が弾かれる。クレーンは威力を失って暫くの間ゆらゆらと不気味に揺れ、そうして止まった。
 辺りを暫くの間沈黙が支配した。水兵は何が起こったのか理解できていないように口を開けている。あのままでは、クレーンの針が直撃していた筈だ。その未来を思い描き血の気が引いた。

「……は、あ、」

 心臓が煩い。血液が凄い速さで巡ったように、体中が熱かった。後ろからポルナレフさんが控えめにわたしの肩に触れ、「……大丈夫か?」と心配そうな瞳が覗き込む。こちらを振り返ったジョースターさんが「流石だな」とホッとした様子で言った。

「あんた、顔真っ青よ……」

 アンちゃんの掌がそっとわたしの手に触れた。ずっと年下の女の子に気遣われたのが情けなくなって笑顔を浮かべたけれど、きっと引きつったものになっていただろう。「ありがとう」と言っても、彼女の顔は晴れなかった。

「あんた随分怖がりなのね。確かにちょっと、この船不気味かもしれないけど……」

 アンちゃんはそのまま先程動き出したクレーンを見て、そうしてその顔を曇らせた。

「ねえ、やっぱりあいつらがいるからヤバいことが起きるんじゃあないの……?」

 あいつら。それがジョースターさん達を指すことに遅れて気が付く。彼らは水兵に機械類に触らないよう言い含めているところで、水兵達は不満気にしながらも指示に従っているようだった。
 あいつら、と言うからには、そこにわたしは含まれていないのだろうか。それとも、わたしが目の前に居るから気を遣われたのだろうか。なんだか複雑な気分になってしまう。
 そっとアンちゃんの手をとって握りしめる。屈んで彼女の顔を覗き込むと、そこには隠し切れない不安が除いていた。
 ああ、わたしが情けないから、不安にさせてしまったんだ。しっかりしなくちゃ。わたしがこの子を守ってあげないと。

「アンちゃん」
「な、なによ」
「わたしが絶対に守るから」

 「守るって……」アンちゃんは怪訝そうに眉をひそめて、けれどわたしの手を振りほどきはしなかった。

「聖」

 後ろから名を呼ばれ、振り返る。そこにはジョースターさんがしっかりとした面持ちで立っていて、わたしの目の前に居るアンちゃんに目を向けると、そっと視線を合わせるようにしゃがみこんだ。

「君に対して一つだけ真実がある……我々は君の味方だ」

 アンちゃんはまだどうして良いのか分からないという風に黙り込んでいたけれど、ジョースターさんの真っすぐな眼差しに思わずと言った風にこくりと頷いた。

「聖、これから二手に分かれて船内を捜索するが……君は念のために水兵やその子と一緒に待機していて欲しい」
「は、はい。分かりました」

 わたしがしっかりしなくちゃ。拳を握りしめ気合いを入れる。二組に分かれて船内に入る彼らを見送り、わたしはアンちゃんの元へ駆け寄った。

「アンちゃん?」
「あ……ね、ねえ」

 彼女はすぐそばにあった大きなオリの中を覗いていたようだった。振り返った彼女はそっとその中にいたオラウータンを指さしている。

「なんだか……その、変なの」
「変?」
「おい! 気をつけろ!」

 覗き込もうと足を踏み出せば、後ろから声がかかった。水兵達だ。
 「オラウータンは人間の五倍の握力があるから腕なんて簡単に引きちぎられる」と、恐ろしすぎる情報を落とした彼は、一緒に船室に行こうとわたしたちを手招いた。動物のポテンシャルに若干ぞっとしながらアンちゃんの手を引く。ぎゅ、と握りしめると彼女も握り返してくれて、少しだけ嬉しくなってしまった。