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暗青の月

「こ、この人がスタンド使い……」

 ぽかん、とした声がわたしの口から零れた。承太郎君は船長がスタンド使いだと確証を持ってあの嘘をついたのではなく、船員全員にこの嘘で確認をするつもりだったらしい。それにしたって、かなり無茶な作戦というか、なんというか。けれどこんなに堂々とした彼には、誰だって騙されるかもしれない。

「たしかに俺は船長じゃねー……本物の船長はすでに香港の海底で寝ぼけているぜ」
「そ、それって……」

 声を震わせたわたしに、偽物の船長はにい、と口を歪めるようにして笑った。

「泣きそうな顔をしちゃあいかんぜ優しいお嬢さん……そんな弱っちいようじゃすぐに殺されちまうよぉ……」

 ぐ、と唇を噛みながら、精一杯相手を見据える。しかし彼は馬鹿にしたように笑うだけだった。何も言い返せないのが、悔しくてたまらない。
 承太郎君はそんなわたしの前に一歩出るようにして、偽物の船長へ強い瞳で向かい合った。

「てめーは地獄の底で寝ぼけな!」

 しかし、そう言い放った途端に、女の子の甲高い悲鳴が響く。
 気づいた時には既に遅く、彼女は偽物の船長に、否、彼のスタンドに抱え込まれていた。太陽の光を鈍く反射する鱗やヒレが見える。もがく女の子にはスタンドが見えておらず、混乱した風に顔を青ざめさせていた。
 「暗青の月」とスタンドの名を明かした偽物の船長は、これから彼女を抱えたまま海に飛び込むと宣言した。自身のスタンドに有利な状況下なら、この場に居る全員を相手にできると、そういうことらしい。どうにか彼女を助け出さなければ。心臓が痛い。緊張感が、わたしの指先を痺れさせていた。
 
「ついてきな、水をたらふく飲んで死ぬ勇気があるならな」

 そう言い残し、偽物の船長は海へと身を投げた。
 女の子の悲鳴が上がる。その声がどんどん遠くなっていく。考えるよりも先に足を踏み出した横で、流星のような光が輝いたのが見えた。

「オラァ!」

 鈍い音と、聞きなれたその声。そうして次の瞬間には、偽物の船長だけが海へと浮かんでいた。理解が追い付かず固まったわたしの視線の先で、女の子はしっかりと腕を掴まれ、ぶら下がっている。彼女の手を掴んでいたのがスタープラチナだと気づき、わたしは体から力が抜けてしまうようだった。

「は、はやい……」

 安心と、驚愕と、他にもいろいろ。もみくちゃになった感情が溢れそうになってしまう。良かった、あの女の子が無事で。安心したのは皆も同じらしく、穏やかな雰囲気が辺りを包んだ。
 けれど、それも直ぐに汗を浮かべた承太郎君によって霧散する。

「承太郎君……?」
「承太郎どうした? さっさと女の子を引っ張り上げてやらんかい」

 訝し気なジョースターさんには答えず、承太郎君の口からは苦し気な声が漏れ出している。伸ばした腕が震えていた。

「ち、ちくしょう引きずり込まれる」
「え!?」

 慌ててもう一度船の下を覗き込み、そうして承太郎君の腕の先へ、女の子を掴むスタープラチナの腕へと目を向けた。そこにはいつの間にかフジツボがびっしりとくっついていて、それによって承太郎君は苦悶の表情を浮かべていたのだ。承太郎君の掌が切れるようにして血が噴き出した。皆で慌てて承太郎君の体を引っ張り上げようとするけれど、その間にも、どんどん承太郎君は海の方へと引き込まれていく。

「パワーを吸い出して海中に引きずり込もうとしている……」
「聖! 盾はッ!?」
「攻撃を防ぐことはできるんです、けど、……もうくっついてしまったものを引きはがすのは……!」

 ポルナレフさんの言葉に、承太郎君の胴体にしがみ付いて引っ張りながら半ば叫ぶようにして答えた。ホーリースフィアーズで盾を貼っても、フジツボと承太郎君を一緒に閉じ込めるだけで、引きはがすことはできないだろう。
 全員で承太郎くんを引っ張ろうとしているのに、それにしたって全くびくともしない。

「承太郎スタンドを引っ込めろッ!」
「それができねーから……ヌゥゥ……かきたくもない汗をかいているんだぜ」

 ジョースターさんの声に、承太郎君が、額に汗を浮かべ唸るように答える。
 そうして承太郎君の体ががくりと揺れ、船の上から引っ張られるように落ちていった。咄嗟に花京院君がハイエロファントグリーンを出現させ、彼を掴もうと手を伸ばす。しかしその手は空を切り、承太郎君が上へと放った女の子を捕まえる。
 ばしゃり、と大きな音を立てて承太郎君が海に落ちるのが分かった。

「ま、まずい……」

 花京院君はそう唸りながら海面を見つめている。引き上げられた女の子は未だ何が起こったのか把握できていないのか、目を白黒させたまま、甲板で座り込んでいる。彼女に「あんまり海の方へ近づいちゃ駄目だよ」と声を掛けて、もう一度海を覗き込んだ。まだ承太郎君は浮かんでこない。その上、海面には次第に渦が作られ始めていた。その渦は勢いよく範囲を広げていく。

「助けに行くぞ!」

 それぞれスタンドを出現させ、海へと向かう。しかしハイエロファントグリーンの手が海面に触れたところで、「ううっ」と唸り彼は動きを止めた。

「こ……これはウロコだ……」
「奴が五対一でも勝てると言ったのはハッタリではない……これは水の蟻地獄だ」
「飛び込めば全員皆殺しにされる可能性大だッ!」

 作られた渦の中には、敵のスタンドのものであろうウロコが無数に舞っていた。入っていけば切り刻まれ、ただでは済まないのだろう。ならば今まさに承太郎君は危険に陥っているということだ。あのフジツボに力を吸い取られているようだったのに。

「ならわたしが行きます」
「な、なにッ」
「確かに君のスタンドなら盾が……」
「しかしこの渦の中に飛び込むのは」

 焦りに満ちた顔で、ジョースターさん達はわたしの顔を見つめている。しかし今この状況で飛び込めるのはわたしだけだ。船の手すりに足をかけた。そこでぐ、と腕を掴まれる。視線を向ければこちらを真っすぐと見据える花京院君の姿があった。

「ぼくも行く」

 二人分なら、盾が貼れるんだろう? 彼はそう言ってしっかりとわたしの手を取る。初めの飛行機でのことを覚えてくれていたらしい。頷いたわたしに、彼もまた頷いた。掌の熱が、少しわたしを強くしてくれる気がする。
 わたしに続いて海へと近づいた花京院君が目を見開いた。

「じょ、JOJOだ! 渦の中にJOJOが見えたぞ!」
「いかん……ぐったりしていたぞ」

 承太郎君の姿を見つけたらしい花京院君とポルナレフさんの目線の先を見る。しかしすぐにまた渦へと飲まれてしまった。早くしなくては。今度こそ身を乗り出したわたしを、今度はジョースターさんが引き留めた。彼は何かを考え込むように視線を落とすしている。

「ぜんぜんもがいてなかったのか?……フームそりゃもしかしたらナイスかもしれんのお……」

 ジョースターさんは飛び出していこうとするわたしと花京院君に目を向けて、そして「もう少しだけ待とう」と真面目な顔で頷いた。でも、と口を開いたわたしたちに、「いいや、承太郎なら大丈夫じゃろう」と確信めいた声で言う。

「あいつにも考えがありそうだ」

 したりがおで笑ったジョースターさんの言葉のすぐ後に、「う、渦がッ」と叫ぶアヴドゥルさんが、海面を指さした。その先では先ほどまで勢いよく回転していた渦が急激に速度を遅くし消えていくのが見えた。
 そうして承太郎君が、海面から顔を出した。

「じょ、承太郎君!」
「JOJO!」

 はあ、と息を着いて、それと一緒に体から力が抜ける。花京院君と顔を見合わせて、そっと笑った。良かった。本当に。
 海からあがってきた承太郎君は涼し気な顔で、驚くくらいいつも通りだった。ホーリースフィアーズで傷を治そうとしたけれど、彼は殆ど無傷と言って良いほどだった。
なんていうか、やっぱりかなりタフだ。承太郎君。