十二番隊の隊舎は朝から何だか騒がしかった。
 前日にちょっと夜更かしをしてしまった私はちょっと寝坊気味で、死覇装を着たはいいもののいつも結んでいる髪を下ろしたまま遅刻ギリギリで隊舎に入ったので、何があったのかわからない。

「おはようございます、藤さん、あきさん。遅れてすいません」
「おはよう。ねえ乙子、貴方もしかして今日のこと知ってて私達に黙ってたの?」
「え?」

 結い紐を咥えながら髪をまとめていると、時間に厳しいあきさんが私のギリギリな出勤には何も言わず、よくわからないことを言うので首を傾げてしまった。
 顔を上げると、あきさんだけではなく藤さん、他の隊士達までもが私を不安げな、それでいて厳しい顔をしているので、何か誤解が生じているのかもしれない。

「あきさん待って、今日のことって何です?」
「何って、月初めでもないのに隊長が全体集会を開くことよ」
「いや…浦原隊長、何か集会開きたいことあったのかなぁ程度にしか…」
「……じゃあ、貴方が遅れて来たのは本当にただの遅刻なの?」
「はい。普通に寝坊です。朝ごはん食べてません」
 
 あっけらかんと答えた私に、あきさんは眉間を揉み解しながら「寝坊は駄目よね…」と小さく洩らした。
 よくわからないけど、頼りにならない四席ですいません。

嘘を吐くなら自分を騙してからにしろ


「副隊長も隊首室に呼ばれたっきり戻って来ないから、てっきり乙子もそっちにいたのかと思ってね…」

 普段は早めに出勤している私が、ひよ里ちゃんよりも早く隊首室にいたのではないかと疑っていたらしい。普通の寝坊で申し訳ない…。
 とは言え、別に全体集会は月初めにやるのが恒例なだけであって、隊長の一存があればいつでも開かれるものだ。あきさんたちがそこまで過敏になる理由がよくわからなかった。
 と言うか私はあくまで四席だし。隊の運営に関する話が先に行くのは藤さんじゃないだろうか。

「何でそんなに皆びくびくしてるんです? もしかしてこの集会で誰かのクビが発表されるとか?」
「その逆ですよ」
「逆?」

 振り返った私に藤さんが頷いた。

「この集会、隊長が要檻理対象を十二番隊に引き入れたことの報告を兼ねているようで…」
「要檻理対象…ああ、噂の」
「本当に嫌になるわ、いつも私達には事後報告ばっかり……」

 二人の語りが完全に『浦原隊長が牢に繋がれていた囚人達を連れてやってきた』ことを断定するものになっていることには多少違和感があったものの、きっと近い内にそういうことが起きるだろうとひよ里ちゃんの反応からも想像はしていたので、彼らほどの驚きはなかった。
 浦原隊長が何でもかんでも事後報告で済ませてしまうのは今に始まったことじゃないし。それに思うところがない訳じゃないけども、それにしたってあきさん達もちょっと身構えすぎなんじゃないだろうか。

「でも、浦原隊長は隊長ですから、本気で私達に危害が加わるようなことはしないと思いますよ。これもきっと何か考えがあってのことでしょうし…」
「だったらその考えを私達に伝えてくれたらいいじゃない、別に今までの習わし全部を引き継げなんて思ってないけれど、これじゃついていけないわ」
「……まだ信用に足りていないのでしょうな、私達は」
「…そ、」

 ――それはきっと私達にとってもですよ、とは言えなかった。
 言わない方が、きっといいだろうと。

「そうかもしれませんね」

 自分が信用していない相手から信用されたいと言うのは、ちょっとおかしな話なんじゃないだろうか。普段の藤さんならそんなことすぐにわかるはずなのに。
 やっぱり皆はまだ、浦原隊長を心の奥底では命を預けられる上司としては認められていないんだろうな。

 一抹の寂しさみたいなものを呑み下して、困ったように微笑んだ。
 どっちつかずのまま漂っているだけの私に言えることなんて何もない。
 口を噤んで笑っていれば、ほとんどのことは飲み下せるようになるものだ。人の脳味噌というのは、きっとそういう風にできている。



「――と言う訳でぇ、以上が新体制の十二番隊の運営についてのボクからの説明っス。何か質問ある人ォ……」

 浦原隊長の目がきょろきょろと周囲を見回す。「……ありまくりっスよね…」困ったような笑いを前にして、もう隊長を擁護するような発言は出なかった。
 隊士達はただ、以前のように浦原隊長の側で腕組をしたまま不機嫌を保っているひよ里ちゃんを見つめている。

 流石の浦原隊長も隊士の困惑と不満を感じ取っているらしい。それ以上は説明や説得に時間を割くことはなく、ただ私達の反応を窺っていた。


 浦原隊長の手で新たに十二番隊の傘下として活動が決まっている組織、『技術開発局』。
 それは今迄尸魂界には存在しなかった組織。護廷十三隊のみならず瀞霊廷において有益な技術の開発・研究を行う付属機関。
 そしてその局員には、浦原隊長が以前の所属隊で檻理を行っていた囚人――護廷十三隊には不適合と判断された危険分子を含める予定であること。
 十二番隊の何名かは、技術開発局の仕事も兼任する場合があること。十二番隊隊舎の隣に、新しく技術開発局の建物を増設すること。


 …正直、想像していたものより何倍も前衛的で、実験的だ。
 今までの十二番隊の傾向や隊風と何もかもがかけ離れた新たな運営案。しかも付属機関には浦原隊長が選んだとは言え元囚人も交ざると言う。
 これは確かに、ついていけない隊士が出てきても仕方ない。

「ちょ、ちょっと待って下さい…!」

 眉間を揉み解しながら藤さんが制止する。それに便乗して、あきさんも身を乗り出した。

「浦原隊長が十二番隊とその…技術開発局の長を兼任すると言うことですか?」
「そうなりますね」
「ぎょ、業務はどうなるんですか?」
「もちろん並行して行いますよ。ああ、でも流石に皆サンにまで兼業を強いる気は無いので、開発局の人は開発局の、十二番隊の人は十二番隊のお仕事をしてもらおうと思ってます」
「開発局に引き入れる囚人と言うのは……」
「大丈夫です、元は死神ですし、皆サンを害するようなことはさせません」

 隊士の喚くような抗議に、一つ一つ淡々と柔らかく答えていく。
 私はその様を見ながら、まるで壁を相手に皆が相撲を取っているのを見せられているような気持ちになった。

 浦原隊長の計画はあまりに緻密で堅固で、誰がどんな抗議をしても揺るがず破綻しない。"計画"と言うよりは"予定"で、私達はその指示に従って仕事をこなすだけ。
 実にわかりやすい、上司と部下のお仕事の関係だ。別に浦原隊長は間違ったことはしていないし、部下である私達の動揺だって間違いじゃない。

 ただ、浦原隊長の目指す新しいカタチが、隊士達とは上手く合わないだけのことなのだと思う。

「万が一のことが起きたら……!」
「――万が一の意味がよく解りませんけど、そうですね…もし何か問題が起きたら、ボクの首が飛ぶだけなので。皆サンが心配することは何もないっスよ」

 大理石のように滑らかでいっそ冷たい決意は、人の理解を簡単に跳ねのけてしまう。浦原隊長はまるで大理石のような人だ。

「乙子……」

 縋るようなあきさんの声。藤さんも手に負えないとばかりに宙を仰いでしまった。
 それまで一言も意見していなかった私に、その場の全員の視線が注がれる。
 浦原隊長は不思議な人だ。冷たいように見えて、でもその裡には何か強いものが絶えず揺らめいていて、けれどそれは一見して私達には何であるかは解らない。

 ――曳舟隊長がいなくなった、以降の浦原十二番隊で死神として仕事をする上でそういう『かたさ』が必要だと言うのなら、私も敢えてそう在るように努めよう。


「…以前もお願いしたかと思いますが」

 感情を乗せずに吐き出した声の波紋が、張り詰めていた空気を更に凍り付かせていく。
 あくまで穏やかに話をしていた浦原隊長の顔がピシリと固まったのを見ながら、目を伏せて淡々と事務的な言葉を吐き出した。

「事前に計画を、案を通して欲しいです。浦原隊長が私達のことをどう思っているかは解りませんが、少なくとも仕事場ここでは私達は部下で、隊長は上司です。ですから、私達は最終的に命令には従いますし、指示には従います。
 けれど、隊長の一存で十二番隊の何もかもを決定されては困ってしまいますね。確かに大雑把で曖昧な発言は誤解や混乱を招くこともありますが、だからと言って全て事後報告では席官の存在意義が薄れますから。せめて神代三席にも相談があっても良かったのでは、と私は思います」
「あ、ハイ……」
「隊士全員の気持ちを完全に理解している訳ではありませんが、少なくとも十二番隊隊士が浦原隊長についていきかねている原因は隊長の合理主義と効率主義の強い方針にも一端があるのではないか、と推測します」
「そ、そうですね………」
「繰り返しますが、私は隊長の決定に従います。…が、今回の決定の経緯は、私個人の感想ではありますが少し性急だったのではないかと。そんなに壮大な計画があるのなら、もう少し早い段階で隊全体に共有してくれればよかったのに、と……四席は思うのですが」

 基本的に誰かの失敗や欠点を指摘するのは苦手だ。
 それに私は何度も言っている通り浦原隊長の決定が何であれとりあえずは従う派なので、藤さんやあきさんが期待していたような抗議にはならなかったかもしれない。
 浦原隊長は、恐れ多くも隊長に物申した四席の言葉に眉を下げて、小さく「スイマセン…」と零した。隣のひよ里ちゃんが「それ見たことか」という顔をしているが無視だ。

「あと、隊士諸君にも一言。……そろそろ腹を決めましょう。どんなに居心地が悪くても、此処は十二番隊で、隊長は浦原隊長ですからね」

 そう言ってお茶を濁す。
 私のそんな言葉で、全体集会は終わり解散となった。


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