「その、何て言うか……意外でした」

 隊首室にお茶を持ってきて、けれど机のない改造済の室内のどこに湯飲みを置けばいいか迷っている私を見て、浦原隊長は目を伏せたままそう言った。
 結局手で受け取ってくれた隊長に湯飲みを受け渡してお盆を胸に抱く。

「何がですか? もしかして、私が技術開発局の話に反対すると思ってました?」
「いや、それもほんのちょっとは考えてましたけど、そうじゃなく」
「なく?」
「……乙子サンは、十二番隊の皆サンの味方をすると思ってたので」

 思わず目を瞠ってしまった。

「……浦原隊長も十二番隊の皆さんですよ…え、ですよね?」
「え? あ、ハイ、そうだと思います…」
「ですよね」

 数秒間、微妙な顔をした浦原隊長と顔を見合わせたまま沈黙してしまった。また何か回答を誤った気がする。

愚かさについて語りあうことができたら


「さっき隊長に言ったことは全部本当に思ってることですけど、別に浦原隊長が間違ってるとも思ってないんですよ。だからあの場で誰の味方をするとか、そういうのは無いです」

 ひよ里ちゃんは基本的に呼ばれない限りは隊首室に寄りつかない。藤さんあきさんもほとんど同じ。ともなると、お茶や差し入れ、書類の受け渡しは自然と私の役目になってしまう。
 それでは相手のこと何もわからないのにな、と思いつつも、本人達が望んでいないのに交流を持たせようとしても仕方がないしな、と自分で納得してしまったので、浦原隊長が就任してから毎日隊首室にお茶を持っていくのは私だ。

 だから、他の人より浦原隊長との交流は多い。

「ああ言いましたし、報告じゃなくて相談が欲しいのは事実ですけどね。いきなり大きな計画を知らされたら心臓に悪いです」
「心臓に悪い程度で済ませてもらえるのはありがたいっスよ。本当に」
「そうですか?」
「そうっス。やっぱりボクのことちゃんと隊長として認めてくれているの、乙子サンだけみたいだし…」

 ふむ、と顎をさする。
 眉を下げて笑う浦原隊長を見ながら、やっぱりこの人と現十二番隊の面々は根っこから合わないだろうな、と静かに予感を確信に近付けた。

「……これは一隊士からのお節介な助言だと思って話半分くらいで聞いてほしいんですけど」
「ハイ?」
「皆が隊長を信頼できる隊長として見ていないのは残念ながら事実だと思うんですけど、浦原隊長も私達のことを信頼できる部下として見ていないんじゃないかと思うんです」

 パチパチ、と瞬きをする隊長は、「しんらい」と拙い口調で復唱した。そんな、生まれて初めて聞く言葉でもないだろうに。

「でも、ボクは十二番隊の隊長になったことは誇りに思ってますし、皆さんのこともちゃんと頼りになる部下だと思ってますよ」
「そうですか? そうだと嬉しいですけど、でもその割には大事なことは私達に教えてくれませんよね」
「…」
「思うに、それが浦原隊長の性質だと思うんですよ。悪気があるとか他人を信じられないとかそういうことじゃなくて、大抵のことは自分だけで何でもできてしまうから」

 優秀がゆえの性質ですね、と微笑む。
 信用はしているけれど頼ったりはしない。頼らなくても何とかなってしまうから。
 そもそも、自分のやることが他人から理解を得るのが難しいものだとわかっているのかもしれない。だから事を進めて、ある程度形になってからそれを見せる。

 私なんかでは推し量れない浦原隊長の死神としての在り方は、けれども連帯感や繋がりを重んじてきた旧十二番隊ではなかなか受け入れられないのだろう。

「それが駄目だって言ってるんじゃないですよ。隊長がどうであれ私達隊士はついていくだけですから。最後はあるべき形に落ち着きます、私はそれでいいと思ってます。合わない人は自分でそのうち身の振り方を決めるでしょうし、今回のこともその選別イベントだと思えば、まあ」
「……なるほど」
「でも、やっぱりできれば相談はほしいです。ほら、何人新しい人が来るのかによって机の準備とか、備品の購入とかありますから」

 言い切ってから出すぎたことを言いました、と頭を下げると、浦原隊長は「ああいや、そんなことはないですよ」と笑って手を振った。
 熱いお茶を啜って、しばしの沈黙が訪れる。
 そのまま退室するつもりだった私を引き留めたのは浦原隊長の一言だった。

「乙子サンって、もっと他人に優しい人だと思ってました」
「へ」

 間抜けな声をあげて浦原隊長を見る。私を真っ直ぐに見るその顔は、嫌味や皮肉を言っている表情には見えなかった。
 隊長も勿論その言葉だけで話を終わらせる気はないようで、瞬きをする私に続きを語る。

「優しいって言うか、もっと付き合いの長い十二番隊の隊士の皆サンの味方をするんだと思ってたんス。藤丸サンや榧サンの言うことは最もだし、我ながら無茶やってるなって自覚もあったので、流石にここまでやったら乙子サンも呆れちゃうかなって。仏の顔も三度までって言いますし」
「はぁ……」
「でも、今までの乙子サンの話で、ちょっとだけ乙子サンのことを理解できた気がします。アナタは、ボクでもなく十二番隊の皆サンでもなく、ただひたすらに"十二番隊"そのものを思いやってるんだ」

 口の端だけ微笑んでみせた。
 この人は、本当に他人をよく観察している。
 私は素直に、この就任して一週間と少ししか経っていないはずの上司の勘の良さと思考の鋭さに感服してしまった。

「貴方は模範的で優秀で、四席で収まっているにはもったいない…ボクの下に居るのはもっともったいないくらい良い死神だと思います。ボクなんかとは比べ物にならないくらい人道的で、正しい道徳観があって、思いやりがあって」
「そ、それはどうも」
「それなのに不思議と、乙子サンの考えていることが、他の皆サンよりは推測しやすいんス。共感に近いかもしれませんけど。
 ――ねえ乙子サン。ボクが共感できるってことは、アナタの"それ"はほとんど他人から理解を得られない欠点みたいなものですよ」

 十二番隊という組織があるべき形で、安定して運営されるための思考と意見。
 私の行動理念に、他人に対する情は混じらない。
 皆口々に言う、私の欠点。自分の感情を判断基準にしないこと。


 ――私達が異動したって忘れちゃうからいいって言ってるのと同じよ
 ――"困る"だけやん



 …忘却は、
 悪ではない、と、思っている。

「スイマセン、怒りましたか?」
「…怒りませんよ。隊長と似ているって言われてどうして怒るんですか」
「乙子サンが言うほどボクは善い男じゃないからっスよ」
「またまたぁ」
「ハハハ」
「うふふ」

 お盆を掴む右手に左手を重ねて、強く握った。
 いきなり腑の底まで肉薄されたような緊迫感で込み上げた吐き気を、何となく堪えなければならないと思ったのだ。
 恐ろしく鋭いこの人には――水月乙子という死神を透過して私を見ようとするこの人には、まだ私の欠陥を知られたくないと思ってしまった。

 知ってしまえば、この人はきっと長い時間をかけて生み出した私の安定を壊してしまうから。


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