以前までの十二番隊は、隊長の曳舟桐生の性格が影響してアットホームな職場だった。
 席官から平隊士まで、一人一人の連携が強く、仕事場でありながら家族のような雰囲気の隊である。それゆえ隊内で席官同士の縦社会のような概念も薄く、副隊長含め私達席官は上司部下と言うより家族兄弟のような関係に近い。
 もちろん、仕事と私情の切り替えはあるものの、普段から堅苦しく、尊敬や従順の伴うようなやり取りは少ないと言えるだろう。

 以前まではそれで上手く回っていた十二番隊だが、隊長という組織の頭が変わったからにはそうもいかない。
 そもそも、家族のような連携と言うのは相手をそれこそ家族のように大切な存在として認め尊重することが大前提になるので、ほとんど初対面の浦原隊長と十二番隊の面々にはまだそれがない。
 そして、浦原隊長の以前の経歴である『二番隊』という要素が、その溝を更に深くしている。

 とは言っても、どうせ死神は大体が霊術院を出て所属の希望を出し、それが通ることもあれば本人の適正だけでまったく関係のない隊に配属されたりもするので、別にどの隊にいた過去があろうとも、その事実だけで人柄が決まるようなことはないと思うのだ。
 ささやかな証拠として、職務として人を殺し・監視するような職務のない私達十二番隊でさえも、全員がそのまま善人であるかと問われれば、それはまた微妙な話であるし。

救われたのが僕一人では不足ですか


「難しいですよね、ほとんど交流の無い隊の隊長にって、いきなり言われても」

 熱いお茶の注がれた湯飲みを差し出すと、やっぱり浦原隊長は恐縮して受け取った。

 曳舟隊長が昇進の際に持ち出したのはほとんど私物と細々した物だけだったので、この使われている感じがまったくない隊首室でも仕事ができそうな程度には物が残っている。
 部屋に入ってすぐの場所に置かれた脚の低い机と、つい最近経費で買い替えた真新しい座布団に湯飲みとお茶請けがあれば、他の隊から来客があっても応対できる感じだ。

「そうっスねえ…って、即答して良いもんか迷いますけど、確かにちょっとびっくりはしました。十二番隊かぁって」
「席官と隊長ってだいぶお仕事の内容も違うでしょうし。ひよ里ちゃんはあんなですけど、私は感謝してます」
「感謝?」
「はい。そういう戸惑いがあっても、浦原隊長みたいな人が十二番隊に来てくれて、私は安心してます」

 あの四楓院隊長からの推薦とあれば私の想像するような怖い感じの人ではないことは想像していたけれど、まず見た目が厳つくない点がありがたい。
 二番隊で隠密機動の一部隊を束ねていたとは思えないほど本人も穏やかな雰囲気だし、多分ひよ里ちゃんが言うほど悪い人事ではないと思う。
 それに、いくら曳舟十二番隊が家族のように仲が良かったとしても、此処はれっきとした職場で、私達は死神だ。

 隊長が変わっても、私達のやることは変わらない。


「そ、そんなに歓迎されると照れますね…」
「そうですか? でも、他の隊士達の反応と引き算したら零だと思いますよ」
「……感謝されついでに、もうちょっとだけ乙子サンのこと知りたいんですけど、いいですか?」

 ぱちり、と瞬きをする。
 眼鏡のレンズ越しに見た浦原隊長の顔は、あくまでこちらを線の一歩向こう側から窺う表情だ。私が良しと言うまで決してこちら側には踏み込んでこないという気遣いが感じられる。

「部下のことを積極的に知ろうとしてくれるのは、きっと善い隊長の証ですね」
「そうだといいんですが。今のところ十二番隊の中で頼れる人が乙子サンしかいないって言うのもあります」
「他人に関心を持つ理由なんてそれで充分だと思いますよ。それで、私は一体何を答えれば?」

 私の問いかけに、浦原隊長は両手の人差し指と親指を合わせて四角をつくってみせた。

「さっきからちらほら、手帳に色々書いてるなって思ってたんスけど、あれってもしかして十二番隊では必要な物だったりします? それとも乙子サンのお仕事っスか?」

 言って、浦原隊長は首を傾げた。私はちょっと笑いながら、これですねと懐から革の手帳を取り出す。
 それを手渡すと、浦原隊長は手帳をくるくる回しながら外見を観察していく。

「ごく普通の手帳っスね。背表紙には…日付ですか? 中身は見ても?」
「構いませんけど、特に面白いことは書いてないですよ」

 私の言った通り、浦原隊長は大雑把に書き込みのある部分を流し読むとすぐに手帳を返却してくれた。
 それを懐に戻しながら、私は浦原隊長はよく他人を観察している人なんだなと感心した。唯一彼が元二番隊らしいところと言えるかもしれない。もしくは、それが彼にとっての当たり前なのか。

「日記っスね。……ボクの知ってる日記よりも、ずっと細かいですけど」
「そうです。初めに断っておくと、これをつけてるのは十二番隊のなかで私だけなので、追加業務とかの心配は必要ないですよ」

 手帳には、私が行ったことを中心に一日の様子を克明に記した日々の記録が刻まれている。これで何冊目になるのかは、正直なところ私にもわからない。
 それは私が死神となって斬魄刀を持ち始めてから続く習慣で、それは十二番隊の隊士全員が承知してくれていることだ。

 私が廊下のど真ん中で足を止めていても、隊士達は「ああ、また四席日記つけてるんだな」と何事もなく通過してくれるのである。四楓院隊長は、そういう私の特性を含めて面白がっている節がある。

「これは浦原隊長にも承知して頂けるとありがたいんですが、私とんでもなく忘れっぽくて。たまに意味の分からない物忘れを発揮することがあるので、隊務に支障が出たり言動がおかしかったりしたらすぐに教えてほしいです」
「ええ……健忘症っスか? まだ若いように見えますけど…」
「お恥ずかしい限りです…」

 あながち嘘ではない。
 実際、曳舟隊長の下でも何度かやらかしているし、その都度曳舟隊長には肩を叩かれひよ里ちゃんには背中を蹴っ飛ばされた。
 照れ笑いながら「ひよ里ちゃんの全力ドロップキックは痛いので隊長は気を付けてくださいね」と言うと、浦原隊長も笑って頷く。

「じゃあ、日記って言うのはそれが理由で?」
「そうです。これが、死神の私を護ってくれていると言っても過言ではないです。手帳のうちの一冊失くしただけでも、私にとっては書かれていた間の時間を失ったのと同じですから」
「ボクの相手が終わって、お仕事に戻ったらまた書くんですか?」

 浦原隊長は柔らかく笑っている。
 私も微笑んで、はい、と肯いた。

「"浦原隊長の案内終了、仕事に戻る。"とか、書くと思います」

 言いながら、手帳の先頭ページの書き込みを思い返す。
 全体集会の前に書き込んだ、浦原隊長の名前と外見情報までは目を通さなかったのかもしれない。
 それとも、人物の名前や顔まで忘却する可能性がある隊士という推測まで至って、それをひた隠して微笑んでいるのだろうか。

 私にとって浦原隊長は当たりであったけれど、浦原隊長にとって私は良い部下ではなくなってしまったかもしれない。


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