「え〜〜〜…と、そんな訳で。ボクが皆サンの新しい隊長っス。ヨロシク」

 隊長が直々に挨拶をしたにも関わらず、十二番隊隊舎に集合した隊士達は皆顔を曇らせたまま口を閉ざしてしまっている。
 漂う不穏な空気に思わず頭を抱えそうになったが、隣にいた藤さんがすでに額に手を当てていたので私は耐えることにした。

 シンッと静まり返った室内で完全に浮いている浦原隊長は完全に苦笑いだ。
 隣で腕組をしてそっぽを向いているひよ里ちゃんに手を差し伸べるが、それもすぐに叩き落される。

「うちは認めへんぞ!! 急に曳舟隊長がおらんなっただけでも気に喰えへんのに二番隊て何や! 隠密機動やんけ!! コソコソ人殺してたような奴にうちとこの隊長なんか務まるかい!!」

 「もうやめて〜」と小声で洩らした私の肩を、藤さんが叩いた。
 こればっかりはもう、どうしようもないよなぁ。

手を伸ばして届いたことなんか一度もない


「副隊長…!」
「隊長にそれは言い過ぎです…!」
「何や!!! うちはあんたらの気持ちも代弁したってんねんぞ!! あんたらかてそうやろ!! こないなヘラヘラしたポッと出についてかれへんやろ!!」

 ひよ里ちゃんの声は強くて良くも悪くも真っ直ぐで、うちの隊士たちは皆彼女に凄まれると口を閉ざしてしまうことが多い。
 今回も例に漏れずささやかな抗議をした隊士は目を逸らしてしまったのだけど、それもただ彼女に気圧されたからではない。
 頼りなく宙を彷徨う視線が、それぞれがひよ里ちゃんの言葉を口では否定しつつも、明らかに浦原隊長の存在を肯定できずにいる証拠だった。

「副隊長、隊長が変わるってそういうことです。別に今すぐ浦原隊長を認めろなんて誰も言ってませんから、そんなに大声出しちゃ駄目ですよ」
「乙子まで何言うとるん!! このフヌケが隊長でええ言うんか!?」
「いや、だってそういう辞令だし…」

 激昂している今のひよ里ちゃんに何を言っても効果がないのはわかっていたが、それでも完全にアウェーな空気のなかで立たされている浦原隊長があまりに哀れだった。
 件の浦原隊長は困った顔で「ハハハ…」と笑うばかり。

 一番隊の隊舎前で会った時は当たりだと思ったけれど、正直何を言われても言い返さない様子には私もほんの少しの不安を覚えてしまう。
 困ったな、と最早どちらに対して頭を抱えればいいのかもわからない。

「何がハハハや!! うちはあんたの古巣けなしてんねんぞ!! なんでキレへんねん!! 悔しないんかこのフヌケ!!」

 ひよ里ちゃんのあんまりな怒声に、胸倉を掴まれた浦原隊長は初めて困った顔以外の表情を浮かべた。


「だって、ボクもう十二番隊隊長っスから」


 一見すると、ひよ里ちゃんの言葉と浦原隊長の答えは噛み合っていないように感じた。
 それでも浦原隊長は表情を崩すことなく続ける。

「今朝ふとんを出る時に決めたんス。このふとんを出たらボクは十二番隊。これからは十二番隊の悪口で怒れる人になろう・って。何で怒って何で怒らないかを切り換えること、そういうのを"気持ちを切り替える"って言うんじゃないかとボクは思うんス」

 「ね」と笑った浦原店長の長い足の間を、ひよ里ちゃんの黄金の右足が蹴り上げる。
 正直股間を蹴ったとは思えない鈍い音が響いたが、蹴り上げたひよ里ちゃんはそれに突っ込むことはなく隊舎を後にする。

「なんやそれ!! しょーもな!!」

 ピシャッと閉められた戸の外から走り去る足音が遠ざかっていった。
 取り残された私達はそれぞれ溜め息を吐いて、やっぱりどうしても受け入れられないらしい副隊長の代わりに悲しい顔をしている浦原隊長に頭を下げる。

「すいません、直に慣れると思いますので…」
「あ、いえいえ、気にしないでください。ひよ里サンの言う通りですよ。いきなり出てきた隊長に何言われても響きませんよね」

 とはいえ、隊長に対してあの態度は許されるものではない。浦原隊長が寛容なうちに何とかしたいものである。

 肘を擦りながら、私の両隣に並んだ二人と揃って頭を下げた。

「今度はこちらから自己紹介させてください。えっと、藤さんお願いします」
「神代藤丸と申します。三位の位を頂いております」
「えっと、二回目になりますけど、四席の水月乙子です」
「五席の白市榧です」

 席官の面子は曳舟隊長時代から変化がない。これで浦原隊長が問題無しと判断すれば、現行のまま仕事が緩やかに継続されるだろう。
 どうも、と頭を下げた浦原隊長の相変わらずの腰の低さにちょっとだけ笑いながら、後ろでどうしたものかと戸惑っている隊士達を振り返った。

「さ、隊長も直にお仕事に就きますから、我々は業務を再開しましょう。皆さん持ち場に戻ってよろしいですよ」

 藤さんの三席らしい号令で、微妙な顔をしていた隊士たちが解散する。
 次いで仕事に戻る気満々だった私の肩に、藤さんとあきさんの両方の手がかけられる。どう考えても私をその場から動かす気のない動きに「どうしました?」と瞬きをした。

「水月さんはこのまま浦原隊長に隊舎を案内して差し上げてください」
「え!?」
「それが良いと思うわ。私はこの後四番隊に用事あるし、藤さんの方が仕事速いものね」
「そ、それを言われると…」

 私よりも藤さんの方が安定して仕事が速いのは事実だ。
 曳舟隊長の昇進であれこれ雑事に追われていた十二番隊は、現在事務仕事が滞って困っている状態なので、私が机に向かうよりも藤さんが残って隊士達の指揮を執る方が効率的だと言えるだろう。

 一人置いてけぼりを食らっていた浦原隊長に、私の肩に手を置いたまま藤さんが笑う。

「ご安心下さい。十二番隊の三席は実質水月さんです。彼女の我儘を前隊長が通さなければ、私との席次が逆ですから」
「事務的なことも副隊長よりも乙子の方が詳しいですから、隊長も副隊長が慣れるまでは乙子に頼ると良いです」
「待ってお二人、待って」

 私が三席だとか言っておきながら、二人とも私に発言する隙を与えてくれやしない。あれやこれやと丸め込まれて、二人はさっさとそれぞれの用事がある方へ行ってしまった。

 残された私は大きな溜め息を吐きながら懐に手を差し込んで、手帳とペンを取り出す。さらさらとペン先を走らせながら「あの〜」と浦原隊長の問いに答える。

「なんでしょう?」
「席次って大体、隊士の実力で決まるもんっスよね。藤丸サンは乙子サンとの席次が逆だって言ってましたけど、何か三席に上がることで不都合が?」
「あー…」
「いや、答えにくいことだったらいいんスよ! 追々察していけるように頑張るんで」
「別に察してもらわなくてもいいですよ、ほんとにくだらない理由なので…」

 いつの間にか私の方が困った笑いを浮かべていた。
 "顔合わせ終了。ひよ里ちゃんが脱走。藤さんとあきさんはお仕事へ。"と書き記して手帳を閉じると、不思議そうな浦原隊長の顔を見上げる。

「ただ私が昇進するのを嫌がって我儘言ってるだけなんです。本当に」
「嫌なんスか? 記録読みましたけど、十二番隊の席次はここ数十年ずっと同じですよね。査定のたびに他の隊から昇進込みの引き抜きとか、来てもおかしくないと思うんスけど…」
「ありがたいことに何度かお話は頂いたことありますけど、全部お断りしてます。他の隊に移っちゃったら、もう昇進したくないなんて我儘通用しなさそうなので」

 言葉を濁しながら結局昇進を拒む理由を語っていない私に、浦原隊長は首を傾げた。
 けど、この人にまだその話をするのは早すぎる気がするのだ。
 もしかしたら藤さんやあきさんはそのつもりで私を残したのかもしれないけれど、私は今のところはまだ浦原隊長に書類情報以上のことを話すつもりはなかった。

「私の話はいいです。それより、隊舎回ってしまいましょう。隊首室は最低限のモノだけ残して掃除してあるので、私物とかありましたら好きに置いてくださいね」


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