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1999年11月某日



空はどんよりと暗く、冷たい雨が降っている。
パッチ村に到着してからこんな天気は珍しいが、少しばかり久しい雨は新鮮に見えるのだから不思議だ。
いつもは賑やかな宿舎の外の世界も、今日ばかりは静けさが広がっている。

強い音を響かせる事なく降り頻る雨は、どこか物悲しい。
動植物にとっては恵みの雨かもしれないが、人にとってそれが恵みなのかは受け取る者により異なるだろう。



「随分降リまスネ」

「そうですね〜…」



螢達が食堂代わりに使用している宿舎の一室。
少女は一人、紅茶を飲みながら外を眺めていた。
その場に現れたのは葉のチームメイトであるファウスト。
ファウストは妻で持霊であるエリザに車椅子を押してもらいながら少女に声をかけた。



「今日は修行デハないのでスカ?」

「ふふ。ファウストさんこそ」

「・・・・・・・・」

「なんでもないです。ごめんなさい」



どうやら地雷を踏んだらしい。
ファストは蒼白い顔を更に白くさせてカタカタ カタカタ カタカタと不気味に震え出した。

葉達の修行を見ているのはアンナだ。
地獄のような修行から逃げ出してきたのだろう事が見て取れた。
今頃 般若の形相でファウストを探しているところだろう。



「私は何も聞いてません、知りません、ファウストさんが此処にいるのは偶然ですね!」

「アハハハハハハハハハ」

「お気を確かに!」

「・・・すみまセン」

「いえいえ… お気持ち、お察しします…」



螢は苦笑する。
あの修行は並大抵の根性では乗り切れない。特に今は状況が状況なだけに、拍車がかかっているだろう。
その分 強くなれることは確かなのだが。



「紅茶ですけど、良ければどうぞ」

「アリがとウございマス」

「今は教えられる事がないので、あの子達だけで修行しているんですよ」

「そうでしタカ」

「はい。次に進むのはもう少し先ですね」



静寂が訪れる。
こうして二人で言葉を交わすのは初めてのこと。

螢もファウストも口数が多い方ではない。
どちらも聞き役である事が多いため、会話がなかなか続かない。
他愛ない話もするが、少女が流暢に話すのは何かを伝えたい時だ。諭すように願うように話すことがほとんどである。

少しだけ気まずい空気を破り、口を開いたのはファウストだった。



「…螢さンとは、ゆっくり話したイと思っていまシタ」

「そうなんですか?」

「はイ。アナタは葉くンのお姉さンですカラ。 ……謝りたいト、思っていたんデス」



ファウストの言葉に螢は口を閉ざす。

己の予選中に起きた出来事を、少女は聞いている。
弟の予選二回戦目の相手こそ、目の前にいるファウストなのだ。



「…葉くンには酷いコトをしてしまいまシタ。葉くンは許してクレていても、アナタが許してくれテいるとハ限りませんカラ」

「ファウストさん」

「本当に、すみまセ」

「ファウストさんっ」

「!」



螢はファウストの言葉を遮る。
痛みを宿した瞳を見据え、少女は首を横に振った。



「あなたは後悔しているし、反省している。葉はあなたを許している。なら、私が言うことは何もありません」

「ですガ…」

「過去を責めても、何も変わらない。互いに憎しみを持っていないのなら、それでいいんです。第三者が口を挟む事ではない」

「螢さン……」

「…それでも納得出来ないと言うなら、私の願いを聞いてくれませんか」

「何でショウ」

「───葉を、信じてください。あの子の友達であってください」

「………!」

「それが願いです。私への謝罪なんて、いりません」

「…ハイ」



視線を外へと向けた少女の横顔に深々と頭を下げる。
謝罪と感謝の意を伝えるように、黙したまま。
聞いていたよりもずっと大人で、想像していたよりもずっと理知的な少女へと。



「誰だって間違えます。それ自体は罪ではない。自分が正しいと思うことを貫いて、それが間違っていたら反省して謝って、もう一度やり直せばいいんです。人は変われますから」

「そうでスネ…」

「私はファウストさんのこと、好きですよ。あなたは弟の大切な仲間です。これからも葉のこと、よろしくお願いしますね」

「もちろんデス」



柔らかな微笑みを向けてくれる少女にもう一度頭を下げ、ファウストもにっこりと微笑んだ。

胸につっかえていた痛みが薄れる。
陰鬱に感じていた雨の音が、少女の優しい心の音色に変わっていく。

どんよりとした空とは反対の、晴れ晴れとした表情でファウストは外を眺める。



「随分降リまスネ」

「…そうですね」

「あァ、とてモ心地良い音色ダ」

「…ふふ。それは良かった」



強い音を響かせる事なく降り頻る雨。
それがどんな音色なのかは受け取る者により異なるだろう。




願わくば、優しい音色であることを───






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