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1999年10月某日 夜



「よかった、まだ起きていたね」

「ハオ。こんな時間にどうしたの?」

「少し警告しておこうと思ってね」

「…警告…?」



時計の針がまもなく0時を迎える頃、ハオは螢の泊まる部屋へと姿を現した。
いつもであれば少女は眠りについてる時刻。しかし葉の来訪の後も眠れず、気付けばこんな時間になっていた。

休んでいるかもしれない時間にわざわざやってきたのだ。
それなりの理由があったのだろう。



「とりあえず、中に」

「いや、すぐに帰るよ。本当は此処に来るのも悩んだんだ」

「………もしかして、X-LAWS…?」

「正解。用件だけ手短に話すよ。奴ら、君のことを監視するつもりだ。数日は慎重に動いておくれ」

「はぁ… わかった。教えてくれて、ありがとう」

「奴らの動きが落ち着くまで僕らも近付かないようにするよ」

「…寂しくなるな」



螢はそうポツリと呟くと、悲しげに微笑んだ。
その言葉に偽りはなく、ハオも辛くなる。



「ごめんよ。もう少し気を遣うべきだった」

「謝らないで。ハオは何も悪くない。ハオの事も、みんなの事も、大好きだよ。忘れないでね」

「…ああ。ありがとう」

「ハオはとても優しい、私の大切な “弟”。離れていても大切に想ってること、忘れないで」

「───ありがとう」



言葉と共に姿を消す。
少女はもう誰もいない空間を見つめ、長い溜息を吐いた。



「…監視、か…」

「ふざけた奴らじゃ」

「いいよ。慣れてるもの」

「…どういうことじゃ」

「あ…話してなかったっけ… 私、おじいちゃん達に監視されてたんだよ」

「!?」

「特に危害を加えられたわけじゃないけどね。誤解されてただけだから」

「…気にしておらぬのか?」

「うん。少し辛かったけど」

「……そうか。ならば妾は何も言うまい」

「ありがと。もう本当に寝なくちゃ。おやすみなさい」

「うむ。ゆっくり休め」



しばらく後に聞こえてきた規則正しい寝息。
狐珀は眠る主の寝顔を見つめ、溜息を吐く。

自分の知らなかった少女の心の傷。
どれだけ傷付けられているのか、もはやわからない。

争いを嫌い、悪意も敵意も憎悪も受け入れる。
己がどれだけ傷付けられようとも、人を憎むことなく、痛みを隠して微笑む。
螢が怒りを表すのは、大切な者のためだけだ。自身のために感情を爆発させることはない。

だからこそ、狐珀は少女を傷付けるモノが許せない。
悪意の言葉、敵意の眼差し、醜い憎悪。
少女が拒絶しないからこそ、少女の心を守りたくて嫌悪する。



「…お主を傷付ける全てが、妾は嫌いじゃ」



心優しい少女の傍に居たいから、恨みも憎しみも捨てたのだ。
狐珀にとって、螢は居場所。少女のためならば、いくらでも戦う覚悟はある。



「早う終われ。もう螢を解放してくれ。此奴は苦しみすぎじゃろう…」



何も言わず輝き続けるG.Sを窓から見上げ、狐珀は懇願した。
それでも終焉まで流れる時間は変わる事なくゆるやかで、残酷なのだろう。


せめて これ以上傷付く事がないように
そう願うしか出来ない己は、なんと無力な事か
これから先、螢は今以上に傷付き続けるとわかっておるのに


もう一度溜息を吐き、眠る螢に振り返る。
泣き出しそうな笑顔を浮かべ、狐珀はペンダントへと戻っていった。


お主の痛み、妾が変わってやれれば良いのにな…


叶わぬ思いを仕舞いこみ、狐珀も微睡みに落ちていく。
新しい夜明けが来るのは、まだ遠い未来。






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