第5廻 その娘、慈愛
1995年12月某日
「青森に行く?」
「ああ、オイラの嫁(候補)が決まったとかで…」
「いいなー 私も行きたいなー おばあちゃんにも会いたい」
「ふむ。螢さんも行きますか?」
「いいの!?」
「ねえちゃんも来てくれるなら心強いぞー うえっへっへっへ」
麻倉家に1000年仕えるねこまた・マタムネは静かに提案した。
仲良く会話する姉弟を見つめ、追憶に想いを馳せる。
あの方にも、このようなお人が傍にいてくだされば
小生では成し得なかったことを、成してくださっただろうか───
「さあみい───っ さすが青森、寒さがハンパじゃねえな」
「そんな格好のままだからでしょ〜風邪引くよ」
無事に青森の地へと降り立った螢と葉。
マタムネと話す葉を待ちながら、螢は乗り換えの確認をする。
本州最北端 下北に位置する日本三大霊場の一つ 恐山───
空を見上げ、静かに二人の会話に耳を傾ける。
遠くを見つめ、心は無に。
「そこは、居場所を失くした霊達の最後に行きつく、この世とあの世を結ぶ山。せつないではありませんか」
そっと目を閉じ、己の魂に問いかける。
そこに光はある?
───誰にも負けない愛情なら
目的の駅に着いてからすぐ、螢は葉とマタムネに
「悪いけど、先に行ってて?」
そう告げた。
「ねえちゃんは?」
「ちょっと行きたいところがあって… 葉、お腹空いたでしょ?なにか食べて行きなさい」
「う〜… オイラ、一緒に行く…」
「気持ちは嬉しいけど、ダーメ。修行の一環なの」
優しく葉を諭し、螢は背を向ける。
前を向く強い眼差しには、優しさと愛情を秘めて。
全ての魂に幸あれと。偽善などではなく。
魂が、叫ぶ。
「…行っちまった」
「螢さんはお強い人」
「ああ。ねえちゃんは強ぇ。ねえちゃんが居てくれるから、オイラはふんばれるんよ」
「不思議な方だ…」
マタムネは考える。
あの方は、どこかで会ったことがあるような気がすると。
───1000年の記憶を辿っても、答えには辿りつけなかったが。
「…邪魔よ」
「うわー!かわいい!!」
「っ!?」
なんなんだ、こいつは
「はじめまして、アンナちゃん。おばあちゃんから聞いてた通りだね!」
「…なんなの、あんた」
「私は麻倉螢。葉の姉だよ」
「!?」
思念が、流れる。
アンナにとっては初めてとも言える、好意的な思考。
本当にかわいいなぁ
声もかわいい
もう、葉には会ったのかな?
にこにこと見つめてくる螢と名乗った少女に戸惑いを隠せない。
「───っうるさい!うるさいうるさいうるさいっ!!」
心の声に、取り乱す。
頭を抱えるアンナに、螢はそっと言葉を紡いだ。
「…心が、読める?」
「!! っわかったなら!あたしに関わるなっ!!」
また、気味悪がられる
気持ち悪い 気持ち悪い…っ
「そんなこと、気にしないよ」
「───ッ!?」
ふわりと、温かいなにかに包まれる。
この子も、傷付いてる
聴こえてきたのは、優しさ。
「…はな…して…」
「私はアンナちゃんのこと、大好きよ」
「っ!!!!」
視界の端に揺らめく影。
それは次第に形を成し、巨大な鬼へと姿を変えた。
「!! あたしに関わるから不幸になる…っ!!」
「大丈夫」
「なにが大丈夫なものか!早く逃げ」
「私が傍にいる限り。アンナちゃんは守ってあげる」
「!!」
凛とした、優しく強い眼差し。言霊。
大丈夫
私が守るから
ね?信じて
螢はアンナに微笑みかけ、憐れみの眼差しを鬼へと向ける。
「どれだけ鬼が生まれようとも」
「っ螢!!」
「私は───負けない」
どれ程の時が経っただろうか。
際限なく現れる鬼をひとつ残さず浄化し、息が乱れることもないまま。
螢はそこに立っていた。
「うそ…」
「アンナちゃん」
「!!」
優しい笑みを向け、螢は言葉を紡ぐ。
魂に届けと。祈りを込めて。
「私の、妹にならない?」
「え…」
「 “家族” が増えるのは、大歓迎だよ」
「───っ!」
この人には、かなわない
ゆっくりと抱き締める暖かな腕に、アンナは身体の力を抜く。
ずっと、待っていた。
穏やかでいられる居場所を。
「泣きたい時はね、素直に泣いていいんだよ。 …私は、なにも見てないから」
「…うそつき…っ」
「参ったなぁ」
ふふ、っと螢は笑い、抱き締める腕に力を込める。
縋りつくように、許しを請うように。
血が滲むほどに立てられる爪にも意を解さず。
声もなく。言葉もなく。
流れる雫を暖かく包み込みながら。
魂に幸あれと。
あなたが心から笑えるまで
深く傷付けられた、その傷が癒えるまで
───ううん、それからも
ずっと見守るから
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