第2廻 その娘、用意周到
1985年5月12日 夜
出雲 麻倉家
「陣痛の波も去り、ようやく眠りについたか茎子」
もうすぐ赤子が産まれる。双子の赤子が。
望まれた生の、望まぬ宿命(さだめ)。
今宵産まれ出ずる命は、麻倉の運命に抗うため散ることとなる。
「みんなわたしのおはなし、きいてくれなかった」
自室に一人残された螢は、頬を膨らませていた。
だめっていったのに
不機嫌な顔のまま時計を確認し
「…そろそろいこ」
用意していた荷物を持ち、誰にも気付かれぬようにそっと外へと出て行った。
───ちっちぇえな
転生を果たした葉王は持霊のS.O.Fと共に姿を消した。
己の野望を今度こそ叶えるために。
「ま…ぁってぇ!! あかい、せいれいさぁん!!」
「!?」
後ろから響いてきた幼子の声に、葉王はS.O.Fの動きを止め、振り返る。
真っ白な肌に紅茶色の瞳。柔らかな月のようなブロンズの髪の幼子。
「はぁっ、はぁっ…!おいついた!」
「…何者だ」
「これ!カゼひいちゃうから!」
「………は?」
螢は青地に星の模様のついた布をS.O.Fに抱えられた葉王に雑に掛けた。
この幼子の行動が理解できない葉王は心を注意深く覗いてみるが、“今” 思っていることを行動しているだけとしかわからなかった。
「あとね、これ!」
水色の小さなリュックを差し出す。
その中身は菓子や飲み物などで、幼いなりに一生懸命考えて必要そうだと思ったものを螢が詰め込んだものだった。
「………くっ、はははははは!」
「?どうしたの?」
「君は僕のなんなんだい?」
「おねえちゃん!!」
「そうか。名は? ───螢、か。いい名じゃないか」
「???まだ言ってないよ?」
「そうだね。でもわかるよ」
「すごいね!どうやったの?」
「───秘密。今度会ったら教えるよ」
「うん!やくそくね!」
敵意のカケラもない笑顔で、言葉を交わす。
赤子が言葉を発することすら疑問に思わずに。
まるで、当たり前のこととでも言うかのように。
「せいれいさん、もおすこしおかおみたい!」
はやく、はやく!とS.O.Fの腕にしがみつく。
螢の心にあるのは “弟” に会えた喜びと少しの興奮だけ。
にっこりと年相応のかわいらしい笑みを浮かべ、葉王を見つめる。
「ふふ…僕の名前は “ハオ” だよ」
「ハオ…おなかのなかでいってたのとおなじだ!」
「いつか会いにくるよ、“姉さん” ?」
「うん!たのしみにしてるね!せいれいさん、ハオのこと、たいせつにしてね」
「…!」
「いってらっしゃい!」
「………あぁ」
満天の星空の中、ハオを連れたS.O.Fは飛んでいく。
ちっちぇえな
“姉” と名乗った螢を思い描き、浮かべるのは微かな笑み。
「退屈は、しなそうだ」
誰に言うでもなく、ハオは呟く。
貰った優しさを落とさぬように握り締めて───
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