第9廻 その娘、転校生
1998年 春
私立 森羅学園 高等部
「転校生の麻倉螢さんだ」
「はじめまして。家庭の事情で出雲より弟と参りました。よろしくお願いします」
老若男女問わず誰もが振り返るほどの美少女へと成長した螢は、柔らかく微笑みながら挨拶した。
人当たりの良い笑顔、優しい声。年齢のわりには小柄で、華奢という言葉がよく似合った。
「ただいまー」
「おかえり。もうすぐご飯できるから、着替えておいで」
「おお。悪ィな、ねえちゃん」
二人仲良く食卓につき、他愛ない話をする。
螢の隣の席には、持霊の狐珀がすやすやと眠っていた。
「そういや、ねえちゃんがいつ狐珀を持霊にしたのか、オイラ聞いたことなかった」
「聞かれたことなかったね」
「ああ」
「いつからだと思う?」
「んー?たしか、初めてアンナに会った時にはいなかったんよな。あん時か?」
「ハズレ。もーっと昔なんだよ」
「そうなんか。気付かんかった」
「妾はずーっと隠れておったからな」
それまで眠っていた狐珀が口を挟む。
欠伸をひとつ。悪態をひとつ。
「其方ら、やかましいぞ」
「ごめんごめん」
「悪かったなー、起こしちまって」
穏やかな時間。
食事を済ませた二人は、それぞれ自室へと戻っていった。
───が、螢は葉が眠りについた頃、そっと部屋を出た。
「星が綺麗〜…」
「本当に」
「会いにきてくれると思ってたよ」
「どこからくるの?その自信」
屋根の上に腰かけ、螢は星を眺める。
突然の来訪者に驚くこともなく、むしろ想定していたかのように。
隣に腰かけたハオに微笑む。
「んー… どこからだろう?」
「まぁいいさ」
「寒くない?毛布使う?」
「螢が風邪引いちゃうじゃないか」
「ハオが引くよりいいもん」
「………ははっ! 本当に君は面白いね」
一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑い出した。
己のことを知っていながら臆することなく。
“当たり前” に心配してくるこの少女が、面白くて仕方ない。
「じゃあ、こうしようか」
「わわっ!?」
「…いつのまにか、僕のほうが背が高くなったね」
「う〜… 背のことは言うなぁ…」
「はははっ」
ハオは螢を後ろから抱き締めるように座り直し、1枚の毛布を巻きつけた。
S.O.Fがいるから、寒くなんかないんだけどね
どんな反応をするのか見たくなっただけさ
口には出さないが。
大人しく星空を見上げる螢の心はいつものように静かで。
ほんの少し。
残念だと思った。
「まさか螢まで東京に出てくるとはね。少し探してしまったよ」
「あ、ごめん… 言ってなかったもんね」
「気にしてないさ。参加するのかい?」
何に、とは言わずとも。
言葉の意味を理解していることはわかっている。
「転校生ライフ満喫しにきたわけじゃないよー」
答えが “Yes” であることも、わかっていた。
ハオは少しだけ残念そうに、螢へと微笑んだ。
「───そうそう。僕は君が転校生としてあの場所にいることを、快く思っていないんだ」
「なんで?」
「悪い虫がつきそうだからね」
抱き締める腕に少しだけ力を込めて、不服そうに告げる。
螢はその言葉にたっぷり間を置き
「・・・?」
見事なまでにきょとんとしてみせた。
「プッ……… あっはっはっはっはっ!」
「あ、こら!葉が起きちゃうよ!シーッ!」
「くく…っ ごめんごめん。ちょっとした嫉妬だよ」
「嫉妬?お姉ちゃんが取られちゃうって?」
またしても見当違いな言い分に、ハオは込み上げる笑いを必死に抑えていた。
まあ、いいさ
そういうことにしておくよ
「???」
「はー… こんなに笑ったのは初めてだよ」
「ん、それはよかった…?」
「ふふふ」
もう一度力強く抱き締め、ハオは螢から離れた。
「そろそろ行くよ」
「うん。また来てね」
「…呼んでくれれば、いつでも会いにくるさ。どこでも、ね」
「嬉しい」
ハオの言葉にはにかむように微笑む。
その顔と心をみて、ハオも柔らかく微笑み返した。
螢
君は僕のお気に入りなんだ
“普通” を貫ける君が
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