異界の人魚姫


――起きて…、
――………きて…


私を起こそうとするのは誰?


――僕らの声、聞こ……君………姫
――……力を持つ、君…私達……呼んで……


何て言ってるのか分からないよ。


――時間だ。


最後の言葉ははっきりと聞こえ、それっきり不思議な声は聞こえなくなった。


* * *



ゆっくりと開かれた瞳は、しばらくの間宙を見つめる。やがて体を起こし、その視線は周りを見渡す。
木目調の室内は全体的に白く、何個かある棚にはたくさんのラベルを貼られたビンが整頓されて鎮座している。ボーッと眺めていたが、次第に意識ははっきりして来て、そこで漸く撃たれた事を思い出した。
脇腹に手を当て、視線を移す。


「…起きたか」


声の聞こえてきた方へと視線を向ければ、隈がひどい人相の悪い青年が一人。
少女は一つ瞬き、首をかしげた。
その時、いつも見慣れていたはずの髪色が違うことに気づいて目を丸くした。
紫がかった黒髪ではなく、白銀色の髪。


「どうした」
「あ……」


何もしゃべらない少女に青年はいらだったのか、眉根を寄せて幾分か低くなったトーンで声をかけてきた。


「髪が…」
「髪?」


困ったように言葉を濁す少女に、青年は視線を移す。
確かに、最初に見たときと色が違う。海の中で見た彼女の髪色は黒。それが今は正反対の白銀。
彼女の様子から生まれつきその髪色というわけではないらしい。
じっと髪を見つめていた少女。だが、彼女はとりあえず現状を把握することにしたようだ。
青年に視線を移して、コテリと首を傾げて訊ねた。


「あの、ここはどこですか?」
「……北の海(ノースブルー)だ」
「のーす、ぶるー…?」


目を丸くして不思議そうに聞き返した少女に、青年はさらに眉根を寄せる。
彼の答えは、普通の、よっぽどの箱入りでなければ、知っているはずの一般常識だ。
何があったにせよ、(記憶喪失とかでなければの話だが)自分の住んでいた島の名前くらい知っているだろう。


「日本です。私の国は太平洋と日本海に囲まれたちっぽけな島国です」


そう思って聞いてみるが、帰ってきた答えは聞いたこともない島の名と海の名前。


「ふざけてんのか?」
「いいえ」


睨みつけて聞くが、少女はまっすぐに青年の目を見て言い切る。


「………地図をもってくる」


しばらくの沈黙ののち、彼は身を翻す。微かな靴音を響かせて歩いていく。
ドアノブを掴んだところで、彼は少女を振り返る。


「お前、名前は……」
「アマミヤ・ヨウカです」
「……トラファルガー・ロー。この船の船長だ」


「船長さん、ですか…」小さな声はドアを閉める音で掻き消えた。


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