海の世界へ

ゆらり、ゆらり

潜水している自船の暑さに、そろそろ嫌気がさしていたこの船の船長は本を閉じて立ち上がった。
自室から出て食堂に向かっていた彼は、窓の向こうにちらついた物に気をとられて視線を向けた。



ゆらり

ゆらり




無意識に息を呑む。

ゆっくりと波にゆられながら沈んでゆく1人の少女がいた。
暗く澱む海の青と上から射す日の光が、どこか神聖な空間を創り出していた。白いワンピースと日の光が当たって煌めく黒髪は波に揺れ、言葉を失う程の鮮やかなコントラストを描く。
血の気を失っている顔色は、少女が既に死の淵に立たされていることを示し、脇腹からは微かに血が流れているのが見える。

医者としての自分の目から見ても、彼女が助からないことは明白だった。

しかし、ゆっくりと開かれた瞳は自分のそれと合った。
紫水晶のようなそれ。
死の淵に立たされてなお、生きようとする光を灯すそれは、真っ直ぐで一点の曇りもなく澄んでいた。


被っていた帽子と一緒に髪をぐしゃりと掴み小さく舌打ちした。


「あ、船長どうしたんすか」
「……シャチ、あれ拾っとけ。浮上する」


いきなりのことに戸惑っている部下を後目に足を踏み出した。

少女の瞳は既に閉じられていた。


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