気まぐれ
その日、彼が停泊している船から出て町を彷徨こうと思ったのは、全くの気まぐれだった。
早朝、目が覚めた。眠りについてから3時間程しか経っていない。しかし、意外とその目覚めはすっきりしており、二度寝しようと思わなかった。
起きて早々、本を読む気にもなれず、船長室から出て甲板に向かう。
見張り番で起きていた連中やコックは、悠々と歩く姿に一様に目を見開き、次いで明日の天気の心配や世界が滅亡するだの呟いた。
自分の部下ながら、いい度胸だ。
多少イラッときたので、能力を発動してバラす。唯一苦笑してその光景を見ていたコック長のダツにコーヒーと一言声をかけた。
「珍しいですね、船長が早起きなんて」
「、ああ。……目が覚めちまった」
一度食堂に引っ込み、マグを2つ持ってきたダツにそう言われて自分でも珍しいと思う。
「散歩してくる」
コーヒーを飲み干し、マグを渡して一言告げる。喚いている部下を適当にあしらい、刀を持って船から飛び降りた。
しばらく静かな町を歩く。人気があまりなく、澄んだ早朝の空気は何とも爽快だ。
いつの間にか、仕入れで賑わう市場に来ていた。
眉をしかめたのも少しだけ。早々に立ち去ろうと裏路地に足を向けた時、視界の端を白がかすった。
思わず足を止めて、そちらの方を見た。
「おばさん、これ下さい」
「おや、今日はいつもより早起きだねぇ」
「今日は目が覚めちゃって。あ、こっちとあそこにある野菜も」
ソイツは黒いフードコートと対称的に白に近く長い銀髪をフードから溢れさせていた。
顔がフードで見えないソイツは、声からして女のようだ。
「お店の方は順調かい?」
「えぇ、毎日楽しいわ。お客さんの話しも面白いし遣り甲斐のある仕事に就けたと思う」
品物を受け取りながら、弾む声で答える。
「でも危ないんじゃないかい?職業問わずのオーダーメイド服専門店なんて」
「そうでもないよ。海賊も山賊も悪い人ばかりじゃないし。それにそういう輩は強制帰還、よ」
「それもそうかい」
そう言ってその場を去った彼女。
歩いてくのを見ながら、口端が吊り上がるのが分かった。
たまには気まぐれも良いかもしれない。
2013,03,31