第16話「仕上げに、愛想をひと振り」のスキ魔



休日の午前8時過ぎ。 優雅に食後のコーヒーを楽しんでいたカルエゴの、ス魔ホが鳴った。 …何故か、物凄く嫌な予感がする。 そんな言葉が頭に浮かぶカルエゴ。 そっとス魔ホを手に取り、画面を覗き込めば… 彼の予想通り。 想像した中で最も最悪な相手サリバンからの電話だった。

ここ魔界は上下関係にとても厳しい世界。 誰よりも厳粛である彼が、この電話を無視することなど出来るわけがない。 カルエゴは渋々、通話を開始する。

「…はい、もしも、
『おっはよ〜! 突然だけど、問題児アブノーマルクラスのみんなに調理実習をしてもらおうと思っててね〜!』
……は?」

そして開口一番告げられた言葉に、カルエゴは呆然とした。

あの問題児アホ共に調理実習…?

告げられた言葉を脳内で繰り返し、何とか意味を理解しようとするも、あまりにも唐突な話に頭が追いつかない。 何故それを今、自分に伝える必要があるのか。 カルエゴの胸には、またしても嫌な予感が。

『それで、その打ち合わせなんだけど………


今から教師寮でやるから! すぐにカルエゴくんも来てね〜!』
「はぁッ!?!?!?」

カルエゴの嫌な予感は見事的中。 突然過ぎるサリバンからの命令に、叫ばずにはいられない。

『あはは〜! 驚いてるねぇ〜! でもコレは決定事項だから! カルエゴくんは彼らの担任なんだし、強制参加でーす! それじゃあ、またあとでね!』

プツッ… ツー ツー ツー

好き放題の言いたい放題。 そしてプツンと一方的に切られる通話。 そんなサリバンのあまりに勝手な言動に、カルエゴのこめかみにはピキピキと青筋が浮かび上がる。

「( あっんの、アホ理事長め…ッ!!!! )」

そう心の中で不満を爆発させるカルエゴ。 しかし彼の足は既に準備に動き出していた。 …そう、無情にも魔界は上下関係に厳しい世界。 優雅なコーヒータイムは、無機質なス魔ホの着信音にて、終わりを告げたのだった。




というやり取りがあったのが、つい1時間ほど前のこと。

現在、カルエゴの隣にはニコニコと笑顔を浮かべる、アホ理事長… もとい、サリバン。 そして目の前には、オドオドと困惑の表情を見せる "ナマエ" という女悪魔。

「( これが ダリあのひとが言っていた "ナマエ" か… )」

先日の飲み会と毎日の愛妻弁当にて発覚した事実。 ダリの想い人であり恋人であるらしい彼女を、カルエゴはちらりと盗み見る。

確かに、容姿は整っている。 しかし今の彼女は、突如決まったサリバンとの面会に緊張し、更には臨時講師のお願いまでされて戸惑いの表情を浮かべた情けない姿をしていて。 …全くもって、頼りないな。 それがカルエゴの、率直な印象だった。

「私としましては、そういった経験をさせていただけるのは大変ありがたいのですが… その…」
「( 何だ… やけにこちらを見てくるが… )」

言葉を濁しながら、チラチラと。 カルエゴを気にする素振そぶりを見せる、ナマエ。 そんな彼女の態度に、カルエゴは疑問を浮かべる。 黙って言葉の続きを待つが、それは一向に出てくる気配はない。 ついに痺れを切らす、カルエゴ。 彼はストレートに、彼女に問い掛けた。

「………私が、何か?」
「っ、!」

口をついて出たカルエゴの声は、自分でも驚くほど不機嫌なものだった。 しかしそれも無理はない。 彼は、貴重な休日のゆったりとした時間を潰された挙句、今すぐ来いと呼び出され、慌ててここまでやって来たのである。 機嫌も悪くなると言うもの。

しかし、ナマエはそんな事実を知る由もない。 カルエゴの不機嫌な態度はひとえに、自分に向けられているものだと勘違いしているのだ。

「イルマくんたちの担任であるカルエゴ先生は、今回の件を、その… ご了承いただいているのでしょうか…?」
「もっちろんだよ〜! ね! カルエゴくん!」
「…………異論はありません」

ナマエの言葉を聞き、あぁ… なるほどな、とカルエゴは納得する。 彼女は自分に認められていないと、そう感じていたのだろう。 こちらの機嫌を窺うようにチラチラと視線を寄越してきた彼女の真意を察したカルエゴ。 彼は彼女からの問い掛けに何と返事を返したものかと考えるが、それも束の間。 会話に割って入ってきたサリバンを前にして、カルエゴには頷く以外の選択肢など無いのであった。




「"料理を身近なものに感じてもらうこと" が、今回の調理実習における、1番の目的だと、私は考えます」
「そうだよねぇ。 確かにただ単に作って、食べて、美味しい! ってだけじゃ実習をする意味がないもんね」

打ち合わせが始まり、テーブルを囲むカルエゴたち。 調理実習をするにあたり、まずは何を目的とするのかを明確にしようとサリバンが発言したのに対して、ナマエは堂々と自分の意見を述べてみせた。

ナマエに対し頼りない印象を受けていたカルエゴは、サリバンに臆せず向き合う姿に少し面食らう。

「ナマエちゃんの言う、"1番の目的" を達成するには、どうすればいいと思う?」
「そうですね… まずは初歩的な調理技術を身に付けること。 そして栄養面をしっかりと考慮した献立の作成。 盛り付けや配膳の大切さを学び、食事を楽しむこと。 そして最後に忘れてはならないのが、食後の片付けです。 こうした "食事をする際の一連の流れ" を経験することで、料理を身近なものに感じることが出来るかと思うのですが…」
「( ……ほう。 中々、道理にかなっているな )」

カルエゴは、思わず心の中で感心した。 彼の中のナマエに対する評価が、少し見直される。 ナマエの論理的な考え方は、彼の厳正な性格に見事響いたようだ。

ただ美味しいものを作って食べるだけなら、わざわざここまで面倒なことをする必要はない。 彼らは、腐っても教師。 面白いことや楽しいことはもちろん大好物(ただしカルエゴは除く)であるが、それが教育に繋がるものでなければ意味がない。

"調理実習" という言葉の意味をきちんと理解してくれていたナマエに、サリバンも思わず感嘆の声を上げる。

「いやぁ〜! 感心感心! ここまで生徒たちのことを考えてくれるなんてね〜! ダリくんたちが絶賛する意味が改めて分かった気がするよ!」
「そうでしょう、そうでしょう! 本当にナマエさんには、お世話になっていますから! 我々教師陣は皆、頭が上がらないんですよ」
「そ、そんな大袈裟な… 私はただ、自分の仕事を全うしているだけで…!」

サリバンとダリからの大絶賛に、ナマエは慌てて否定の言葉を口にする。 そんな彼女の控えめな態度にも、カルエゴは内心、好感を覚えた。

「( 全く… この謙虚さを少しは見習ってほしいものだ… )」

そんな不満を心の中でこぼす、カルエゴ。 それはウキウキと楽しそうに打ち合わせに臨むサリバンとオペラに向けてのものなのだが、彼らがそれに気づくはずもなく。

こうして打ち合わせは、日が落ちるまで続けられた。 しかし意外にも。 カルエゴの表情は、教師寮へ来た時よりも柔らかいものへと変わっていて。

−−− そんなカルエゴの微笑みにダリが驚愕するまで、あと数分。




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