必然の中の偶然を願って

中学の時の進路選択。それを重要視している人ってどれくらいいるのだろうか。"制服が可愛いから""家から近いから"なんて安直な理由で、進学先の高校を選ぶ人間も少なくはないと思う。それ以外だと、"仲の良い友達が行くから""彼氏と一緒のところが良いから"なんて言っている人もいた。中には"将来は医者になりたい"と言って最難関の白鳥沢高校を受けるような人もいた気がする。そのどれもが、みんなポジティブな思いからの選択だ。そんな輝く彼らを見ながら、私は、その中には入れなかったと思う。

「……お前、何処に行くんだ?」
「私は、」

昔から人付き合いが苦手だった。人の顔色ばかり窺って、言いたいことがはっきり言えなくて。嫌われないために必死に頑張っていた。そのことを知っているのは、たった2人だろう。

「うるせぇ」
「私は、飛雄のために言ってるの!」
「……蒼には関係ないだろ」
「、そうだけど!」

私が1番素の状態でいれた、幼馴染の君と。

「……また、影山と喧嘩したの?」
「う、うん…。でも、私が悪いから、」
「は?何でそうなんの?」
「ほ、ほんとに!私が、お節介だっただけで、その、私は」
「……違うだろ。影山が分からず屋なだけ」

私に自信を持ちなよと言ってくれた、初恋の君。

「私は、」

どちらかなんて、選べなかった。私にとっては、飛雄も国見くんも、大事な人で。どちらの考えも分かるし、仲違いしてしまった彼らが、再び仲良く出来る日がくれば良いのにと思っていた。必死に彼らを繋ぎ止めようとしたけれど、私では力不足で。

「尾崎?」
「ごめん、金田一くん」
「いや…」

性の違いを恨んだ日もあった。私が彼らのチームメイトになれたのなら、何か変わっていたのかなって。"たられば"を言ったって仕方ないけれど、そう思わずにはいられなかった。

「蒼は、アイツらが言うことが正しいと言うのか?俺が間違ってるって?」
「飛雄…」
「尾崎にとって、結局1番は影山なんでしょ?」
「国見くん…」

結局、私は、どちらも救えなかった。否、逃げたのだ。

「……私は、新山女子に行くよ。そこで、バレーを続ける」

私は、どちらの手も取らないことを選択したから。

高校へと進学した私たちは自然と疎遠になっていた。中学生の時は、同じ体育館を使っていたこともあって、帰る時間も近く、4人で帰ったりして一緒に居る時間も長かったのに、学校が違うだけで、そうなってしまう。なんて、あっけない関係なのだろう。

「……尾崎?」

そんな風に思い耽っていた帰り道。懐かしい声に名前を呼ばれた。その声に、どくんどくん、と心臓が高鳴っていくのが分かる。振り返った先にいたのは、中学時代に片想いしていた男の子だ。

「国見君…」
「今、帰り?」

買い物袋を両手に抱えた国見くんが、私の横に並ぶ。制服でもジャージでもなく私服に身を包んだ彼を見るのは新鮮だった。今日は、部活はなかったのだろうか。国見くんに限って、バレーを辞めたなんてことはないよね?とイヤな予感が一瞬過ぎる。。

「……送る」
「え?いや、大丈夫だよ」
「いいから」

そう言われてしまっては、これ以上、遠慮するのも引ける。

「………」
「………」

暗い夜道を、ただただ静かに並んで歩いた。ちらり、と国見くんを盗み見る。最後に見た時よりも少し身長が伸びている気がする。

「なに?」
「!あ、いや…なんか、背が伸びたなって、」
「あんま、変わってないけど」
「そ、そっか」

中学時代には、感じなかった気まずさ。それは、きっと私の選択のせいなのだろう。

「身体は大丈夫なのかよ」

その問いに立ち止まる。何かを言わなければ、と口を開こうとしたところで、国見くんのスマホが振動した。彼はその場で返信するようなことはしなかったけれど、一瞬だけ見えてしまったメッセージに目を見開く。

"今日はありがとう!楽しかったよ"

文末にハートマークがついてて、名前は明らかに女の子のものだった。両手を握りしめて、それでも、笑顔を浮かべる。

「大丈夫じゃなかったら、バレー続けてないよ。私のことは心配しないで」

もう、ここで大丈夫だからと駆け出す。静止するように名前を呼ばれたけれど、振りかえることはしなかった。すべて、自分が撒いた種だ。

__国見くんを選ばなかった私に、国見くんの隣にいる資格はない。







小さい頃から喘息の持病があって、人よりも体力がなかった。だけど、幼馴染の飛雄がバレーが好きで、そんな彼を見ていたから私もバレーが好きになった。両親は、バレーをする度に喘息の発作を起こす私を心配そうに見ていたけれど、1つ上の兄がバレーをしていたこともあって、私がバレーをするのを許してくれた。

「尾崎!」

発作を起して、でも周りに迷惑かけたくなくて、人気のないところで1人で苦しんでいるとき、いつも私を見つけてくれるのが国見くんだった。

「っ、」
「立てる?保健室連れてくから」

そんな優しい国見くんに恋をした。はじめは、凄く楽しかった。気難しいところのある飛雄とも上手くやれる国見くんと、その繋がりで親しくなった金田一くん。バレーが私たちを繋いでくれて、毎日が彩りで溢れていた。だけど、上を目指す飛雄と他の部員たちの間に溝が出来はじめたとき、私たちの関係は変わっていった。

「国見くんは、飛雄のこと、どう思ってるの?」
「……悪いけど、今はアイツの話はしたくない」
「そっか…」

ただひたすら、上を見続ける飛雄。自分のトスで、みんなをコントロールしようとする自己中なセッター。そのことに気づかせてあげたかったけれど、飛雄は、みんながトスを飛ばなくなるまで、そのことに気がつかなかった。

「尾崎は、高校どうすんの?」

高校では、バレー部のマネージャーをやろうと思っていた。喘息のこともあるし、私は、みんながやるバレーを見ているのも好きだったから。飛雄、国見くん、金田一くん。彼らが同じチームとして活躍するところで、彼らを支えたいって。何回か、その話を国見くんにしたことがある。

「……まだ、悩んでるかな」

飛雄は、きっと、国見くんたちと同じ高校は選ばない。私では、みんなを繋いであげられない。







翌朝。思いの外、早く目が覚めてしまった。今日は、部活は午後からだったので、もう少し眠りたかったけれど、昨日の事を思い出してしまって、再び寝付くことが出来なかった。徐に、鞄を取って家を出る。何処へ向かうか、とか決めてなかったけれど、誰も私のことを知らないところへ行きたかった。なんて、思ってしまったのがいけなかったのかもしれない。

__尾崎、おれは、

電車に揺られて数時間。辿り着いたのは、海だった。潮の匂いが鼻を掠めて、無償にセンチメンタルな気分に陥らせていく。

「今更、好きだなんて…」

言えるわけ無い。やさしい彼の隣には、きっと可愛い女の子が並んでいるのだろう。ポロポロと雫が零れ落ちていく。こんな風に思うのならば、卒業式の日に告白して、フラれてしまえば良かった。

「っく、にみ…くんっ…」

声は掠れていき、彼の名前は音にならなくなった。その日を境に、私は声を失った。




20210311




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