指先からお願いします。

__声が出なくなった。

スマホのメモ機能を用いて、両親に伝えたとき、母親は真っ青な顔をして私の方へと寄ってきた。ぐしゃぐしゃと髪を撫でられて抱きしめられる。どれくらいそうしていたかは分からないけれど、心配そうな顔をする母親の背に手を回した途端、ハッとなったように母親が動き始めた。そんな母親に手を引かれて、あちこち病院へと連れ回されたけれど、結局原因は分からなかった。

「蒼、大丈夫?」

いつしか周囲にも知れ渡り、友人達が心配そうに私の事を見る。こくり、と頷いた。

はじめは、それだけで済んだ。だから、よかったのに。胸元に鱗のような湿疹が出始めて、それは、やがて下半身へと広がっていった。足下を隠しながらの生活は、少し不便だった。まだ、それだけなら良かった。

(ナイスレシーブ!)

頭上へと弧を描くようにボールが上がる。心の中で、それを上げたリベロへ賞賛を送りつつ、チームメイトたちにアイコンタクトを送った。すっぽりと手の中にボールが収まって、高く上げようとしたその時、

(あ、れ…)

がくり、と膝から崩れ落ちる。まるで根が生えてしまったかのように、足が動かなくなった。そこから立ち上がるのは困難で、顔面と床がぶつかる。ドスリと鈍い音を立てた後、鈍い痛みが走った。ズキンズキンと走る痛みは、胸の鼓動とリンクしていく。痛みよりも、恐怖が勝った。

__アイツも尾崎みたいなセッターだったら、よかったのに。
__俺は、蒼みたいになれねえ。

胸から込み上げる熱を必死で押し込めた私に、チームメイト達が駆け寄った。とうとう流れ落ちた涙を止める術を、私は持ち合わせていない。

__尾崎、








それから私は、杖で生活するようになった。たくさんの病院を巡ったけれど、私の病名は分からなかった。症状は「ギラン・バレー症候群」という病気に似ているらしい。けれど、その病気には、私のような発疹はみられないらしい。病気に関しては無知な私は、ただ、「コレが良いよ」とか「休息をつけて免疫を高めよう」とか周りの人がくれるアドバイスに従うことが精一杯だった。

「蒼、今日は来る?」
(ううん、今日は通院があるから)
「そっか。またね!」
(うん)

身体機能が落ちていく私は、バレー部にいられなくなった。バレーの推薦で、この高校に入学したので、これからのことも考える必要がある。ぎゅっと鞄を握りしめて、拙い足取りで病院へと急ぐ。家からはちかいのだけれど、私の通う高校から、通院先の病院までは距離がある。それもあってか、両親は転校を進めてきている。その転校先は、

「……っ」

病院が目の前に見えてきたところだった。ガクンと膝折れが起きて、そのまま道端に倒れ込む。砂埃が軽く肺の中へと侵入してきて、数回むせ込んだ後、ひゅっと嫌な音が鳴った。これはよろしくない、と鞄の中をガサゴソと漁る。

「大丈夫ですか?……っあれ、尾崎ちゃん?」

苦しさの中、懐かしい声が私を呼んだ。ゆっくりと顔をあげると、見知った顔がある。最後に会ったときよりも、逞しくなった体つき、相変わらずの整った顔立ち。私たちの学年にも大人気だった2つ上の先輩。

「大丈夫?発作?」

ようやく見つけた吸入器をやさしく盗られて、私の口元付近へ運んでくれる。慣れたその手つきには既視感があった。いつも、こういうときに助けてくれた彼の顔が浮かんで、自然と目尻から雫が流れていく。

__尾崎、大丈夫?

あの時、素直に甘えていたら。
あの時、君の手を取っていたら。
あの時、本心を語っていたら。

(……ごめんなさい)

心の中で謝罪を繰り返す。たらればを言ったって仕方ない。だけど、大好きなバレーも出来なくなった今、私と彼らを繋いでくれるモノは何も無くなってしまった。そのことが、ただただ虚しい。

「通院途中だったの?」

こくりと頷いた。視線の先にあるのは、補助具である杖。何か言いたげな顔をした及川先輩は、それでも口を噤んでくれた。そして、ポンポンとやさしく髪を撫でられた後、使ってないというタオルを鞄から取り出して差し出してくれる。それを受けたとった後、スマホへと文字を打った。

「尾崎ちゃん、もしかして声が…?」

及川先輩の手を取り立ち上がった。ガクガクと震える膝が言うことを聞いてくれず、再び拙い足取りで病院まで向かおうとすると、及川先輩が病院までは送ってくれるという。私はお言葉に甘えることにする。

「おだいじにね」

そして、その優しい言葉すら、今の私を追い込んでいった。






20210421





ギラン・バレー症候群
末梢神経が傷害されることによって、脱力・しびれ・痛みなどの症状が引き起こされる病気。下痢・風邪症状などが起こった後、1〜4週間後くらいに手足に力が入りにくくなっていくのが典型的なパターン(大抵は足から腕へと広がっていく)





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