家庭訪問

家庭訪問を放棄するわけにも、親戚に変わってもらうわけにも行かず、結局その日を迎えてしまった。家庭訪問とは言え、元彼と自宅で2人で会うなんて耐えられないので、楓も一緒にいてもらうことにしていたのだけど、

「ゲホゲホッ……」
「しんどいね、今日は学校お休みしようか」

身体を壊してしまったようで、楓は真っ赤な顔をしながら眉を下げている。どちらにしても今日は家庭訪問の日だったので、小学校の授業は午前中で終わる。訪問の時間は夕方の16時頃だけど、この調子では一緒に居て貰うことは難しいだろう。

「うー…先生とおねえちゃんとお話するの楽しみにしてたのにな」
「先生に移しちゃうといけないからね。我慢してね?」
「うん…分かった…」

ピピっと脇に挟ませていた体温計が鳴る。取り出して体温を確認すると38.5℃もあり、頭を抱えた。







楓を病院に連れて行き、一頻り看病をし終え、落ち着いてきた頃ピンポンが鳴った。深く深呼吸をして、応答する。

「……はい」

玄関の扉を開けて出迎えると、相変わらずの優しげな笑みを浮かべた菅原がいた。久しぶりに顔を合わせたというのに、驚いた様子もないので菅原は知っていたんだろうな、と思う。それにしても、最後に会ったときよりも雰囲気が更に落ち着いていて、大人の男性へと変貌しているように思えた。ドキン、と高鳴る胸を抑えながら平静を装う。

「こんにちは。楓さんの担任の菅原です」
「妹がお世話になってます。どうぞ」

なんて定型的な挨拶を済ませた後、菅原をリビングまで招き入れて、適当に腰掛けて貰った。冷蔵庫からお茶を取り出したところで、お構いなく、と言われる。それでも、お茶くらいは出してあげたかったので、その言葉をスルーした。そして、お茶を出して腰掛けたところで、菅原が口を開いてくれた。

「……楓さん、調子はどうですか?」
「お昼には熱も下がって、今は奥の部屋で休んでいます。この調子なら、明日には学校に行けると思いますよ」
「そうですか。良かったです」

そう言って笑う菅原は、本当に安心しきった顔をしていた。私は、自然と会話が出来そうでほっと息を吐く。相手だって仕事で来ているのだから、それはそうだろう。菅原をきちんと"妹の担任"として見れる。

「学校ではどんな感じですか?」

ずっと不安だった。母親が亡くなってから、楓は一時期学校に行けなくなっていた。あんな人でも楓にとっては大好きな母親だったらしく、母親の死を受け入れられなかったようだ。

「みんなのムードメーカーのような存在ですね。明るくて優しくて、クラスの人気者です」
「……そうなんですね」

私も母親も、どちらかと言えば大人しいタイプの人間だ。なので、そういう所は父親に似たのだろうなと思う。なんて、私とは血の繋がらない父親の事はどうでも良い。

「ご家庭ではいかがですか?」

その問いに、少し思案した。私の言うことは割と何でも聞いてくれて、我儘だって全く言わない。それは良いことなのだろうかと不安になるけれど、それを菅原先生に告げるのは違う気がしたから。

「…良い子にしてくれてる、と思います」
「良い子、と言いますと?」

母親の病気を知った時、看護師という職業を選んだのは安定しているからだ。不規則な勤務になることは分かっていたけれど、それでも、私1人で妹を育てていかないといけないと思ったとき、給料が良くて安定している仕事でないといけないと思った。でも、そのせいで自然と一緒にいてあげられる時間は減ってしまっていった。

「お姉さんは、よくやっていると思いますよ」

心配そうに顔を覗かれるので、視線を逸らした。そう言えば、菅原先生は、うちの家の事情について何処まで知っているのだろう。何処まで、バレてしまっているのだろう。

「菅原先生からしてみれば、うちの家の状態は心配ですよね」
「え?」
「はじめて受け持つ生徒に、親がいない、だなんて」

自然と震えてしまった手のひらを、後ろに隠した。唇を噛みしめて俯く。こんなことを言いたいわけじゃないのに、菅原を目の前にしたら、可愛くないことを言ってしまう。先生として見なければと、さっき思ったばかりなのに。そんな私を見た菅原先生は、唐突に頭をガシガシと掻いて立ち上がった。

「あー、もう!駄目ですよ!!」
「うわっ、急になんですか!?」
「何ですかはこっちの台詞なんですけど、志木さん??」

急に手が伸びてきて乱雑に髪を撫でられる。高校時代に戻ったような気分になって、身体を引いた。やめろ、と抗議する。

「頼むから、そんな顔しないでくれよ」

口調が昔のように戻り、苦しそうに紡がれた音。顔を上げると、真っ直ぐに私を見つめてくれている菅原と目が合う。その瞳に映る私の姿は、酷く滑稽だった。

「ごめんなさい…」

ちらり、と時計に視線を移す。気がつけば結構時間が経っていた。

「すみません、時間…」
「…この後行く生徒の家は、ここから20分くらいです。そして、訪問予定は18時の予定なんです」

今の時間は16時半。菅原先生は、先生らしくない笑みを浮かべていた。それは、高校時代の友人に悪戯を仕掛ける時の顔にそっくりだった。……ああ、しまった。やられた。と思ったときには時既に遅しだ。



20210107
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