庇護願望

学生時代の友人達に、菅原孝支と言えばどんな人?と問うと大抵口を揃えてこう言うだろう。

"優しい""爽やか"

実際私もそう思うし、そういう所に惹かれた。だけど、菅原のことを知っていくと、それだけではないという事が分かる。菅原は、親しい人間には容赦が無いところがある。優しさと厳しさを兼ね備えた人。その洗礼を浴びたのが、私と東峰。滅多になかったが、たまに澤村だろうか。主将であったあの澤村に唯一口答えが出来ていたので、菅原は1番敵に回してはいけない人間なのだ。

「……菅原、先生?」
「家庭訪問の時間は、もう終わりだべ」

1つの家庭にかける時間は、15分〜20分くらいの予定なのだという。こちらからしてみれば、終ったならば、さっさと家を出て行ってほしいのだけど、生憎、そんなことを言える雰囲気ではない。

「こうでもしないと、桜は話してくれないだろ?」

久しぶりに、そう呼ばれた。そうやって呼ばれただけなのに、胸がぎゅっと苦しくなる。視線を合わせたくなくて俯けば、呆れたようにため息を吐かれた。それなのに、纏う雰囲気はやさしいからズルいと思う。

「俺の番号、変わってないから、何かあったら連絡して」
「そんなことしていいの?」

貴方は今、楓の担任の先生だ。受け持ちの生徒の保護者に手を出したと知られたら、不味いだろう。

「交際相手の妹が、たまたま受け持ちの生徒になっただけってことにすれば良いべ?」
「何言ってるの?そもそも、私たち別れてるじゃん」
「それは…まあ、そうなんだけど。…もし、何か言われたらそう言えば良いだけってこと。嘘も方便って言うだろ?」
「ストーカーってことで、警察呼ぶよ」
「そしたら、飛んでくるのは大地かな?」

そういえば、澤村は警察官になったんだっけ。って、そういうことじゃない。

「…っ〜菅原!」

何を言っているのだ、この男は!睨み付けてやるけどビクともしない。昔からそうだ。放っておいて欲しいときに限って、強引。

「校長先生に頼んで、担任変えて貰う」
「出来ないよ」
「言ってみないと分からないじゃん!」
「そうじゃなくて、桜はそんなこと出来ない」

__誰にでも分け隔てなく優しくて、曲がったことが嫌いな志木の事が好きだ

「馬鹿にしないでよ!!」

大声で叫んだ途端、楓の部屋から激しく咳き込む声が聞こえてくる。ハッとなって、その部屋の中に駆け込んだ。楓の姿を捉えると、赤く頬を火照らして苦しそうに藻掻いている。

「楓っ!」

痰が絡んでしまっていただけだったようで、身体を横にして、背中を軽く叩いていると落ち着きを取り戻した。そのことに安心して、ほっと肩の力が抜ける。

「おねえちゃん…」

縋り付くように私の胸元に伸びてくる手を掴んで、抱きしめた。小さくて、か弱くて、私が守ってあげないと行けない存在。大丈夫だよという想いを込めて背中を摩っていると、菅原が私の横に座った。

「水分、摂ったほうがいいべ」

私が菅原先生用に出していたお茶を差し出される。何を心配しているのか、口はつけてないよと言われた。

「楓、お茶飲める?」
「ん…」

いっぱい汗をかいて気持ちが悪いだろうと思い、タンスに目を向けると、それに気がついた菅原が、

「何?タオル??」
「……はい。2番目の引き出しを開けて貰って良いですか。後ついでにパジャマと下着も」

そう告げると、快くそこからタオルやパジャマを取り出してくれて手渡してくれる。

「着替えさせるから、ちょっと出て行ってください」
「わかった」







楓が落ち着いたのを見計らってリビングに戻ると、菅原はソファに座って待ってくれていた。

「ありがとうございました。落ち着きました」
「良かったです」

気づけば口調も戻っていて、顔つきは、すっかり先生を"取り戻していた"

「菅原先生。私は大丈夫ですから」
「……はい」
「妹のこと、よろしくお願いします」
「それは勿論です。お姉さんも、あまり自分を追い詰めないでくださいね」

時間も時間だったようで、菅原先生はそろそろ次の生徒の家庭へ向かうという。私は深いお辞儀をして、その後ろ姿を見送った。

__1人で抱え込まないで、頼って欲しい。桜はすぐ無理をするから。

なぜだか分からないけれど、気がついたときには、私の目からこぼれ落ちた雫が床を濡らしていた。


20210108
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