愛よ甦れ

目を開けると酷く気持ちが悪かった。びっしょりと汗をかいて、息が荒くなっていた。布団から這い出ると寒気がして、これは悪い兆候だと思ったけれど、なんとか気力で立ち上がる。幸い今日は日曜日なので小学校は休みだ。

「……すみません、発熱したので仕事を休ませてください」

職場に電話をして指示を仰ぎながら、楓のご飯を作る。自分の分は二の次だ。冷蔵庫に、おやつのゼリーがあったから、それを胃の中に入れて、市販の薬を飲むしかないだろう。問題は、何処まで熱が上がるかだ。悪寒が治らない限り、解熱剤も飲めやしない。まだ、7月。インフルエンザの時期ではないからロキソニンを飲んでも問題ないだろう。こういう知識があるから、この職業を選んで良かったと思う。

「楓、起きて」

朝食を並べて、楓を起こしに部屋を訪れる。スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている楓の身体を揺らした。

「ん…おねえちゃん、おはよう」
「うん、おはよう。あのね、ご飯は用意してるから。おねえちゃん、ちょっと、具合、が悪い、から…」
「お姉ちゃん?」

途切れ途切れになる言葉。自然と頻呼吸になってしまい蹲る。

「お姉ちゃん!!?苦しいの?救急車??」
「だ、だい、じょうぶ。救急車、だめ」

そう伝えれば、楓は言うことを聞いてくれる。うんうんと頷いてくれた。でも、その目には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちてしまいそうだ。

「お姉ちゃん、寝よう?」

楓はそう言って私を布団へと押し込む。そして、私のポケットからスマホを奪いとった。

「……楓?」
「私、どうしたら良いか分からない…」
「寝たら治るよ」
「そう言ってお母さんは死んじゃったのに…?」

私は何度も説得したのに、母親は楓に病気の説明をしなかった。治る見込みがないことは分かっていたのに、大丈夫と繰り返して。結局、その皺寄せも私に来るのか。仕方ない、と口を開いた。

「……潔子、に、電話してくれる?」
「きよこちゃん?お姉ちゃんの友達の?」
「そうだよ」

私にスマホのパスワードを聞いてきて、パスワードを告げると簡単に解除される。一体、どこで覚えてきたのだろう。そして、連絡帳からすぐに潔子を見つけて電話を発信する。何度か発信音も鳴り響くが、残念ながら応答はなかった。

「楓…?」
「お姉ちゃん、潔子ちゃん出ないよ…もう一回かける」

何度もかけると向こうの迷惑になるから、それを止めさせる。その途端、とうとう楓の頬からは涙がこぼれ落ちた。そんな顔させたくないのにと焦る。高熱のせいか、良い案が思いつかなくて、私の法が泣きそうになった。だけど、もう頼れる人なんて、

__1人で抱え込まないで、頼って欲しい。桜はすぐ無理をするから。

フッと頭を過ぎったあの日の菅原の言葉。こういう都合の良い時ばかり頼るなんてと思うけれど、泣いている楓を見ていると、そんなことも言ってられなかった。

「楓。菅原、にかけてみて」
「菅原先生?」
「……連絡帳に、名前、あるから」

楓が知っている私の知り合いは、もう、彼しか思いつかないから。

「……菅原先生、出て」

菅原の名前を見つけたのか通話ボタンを押して、祈るように耳元にスマホを近づける楓。何回かのコール音の後、優しい声音が漏れる。

『もしもし、桜?』
「ず、がわら、ぜんぜえ…」
『えっ、楓さん?』
「お、ねえ、ちゃんが、じんじゃう!!」

嗚咽混じりに紡がれた言葉は、とても物騒で、しっかり菅原に伝わってしまった。







すぐに駆けつけてくれた菅原を、楓は自宅に招き入れた。発熱して唸っている私を見て、菅原は簡単に状況を理解してくれた。

「……とりあえず、お姉ちゃんのことは俺が見てるから、楓さんはご飯食べておいで」
「お姉、ちゃん、ヒック、だい、じょうぶ?」
「大丈夫大丈夫。先生に任せなさい」

恐らくご飯は冷めてしまっているから、電子レンジで温めてねと言おうとしたところで、菅原がそれも代弁してくれる。

「あっためて食べろよー」
「はーい!」

楓は素直に頷いてリビングの方へ駆けていった。多分、学校でも、あんな感じなのだろうなと思う。

「いやあ、びっくりしたべ。不審者でも来たのかと…大地に電話しそうになった」

菅原は冗談とは思えないような表情で、そう言った。

「勝手に殺さないで、くれる…」

そう睨み付けてやるが、効果はない。

「で、何度?」
「まだ測ってないけど、多分8度は超えてる…」
「うわ、辛いな…」

菅原の手が額に触れた。ひんやりとした感触が心地よくて、目を閉じる。

「菅原、手、冷たい…」
「気持ち良いだろ?」
「ん…」

しばらくそうされていると、不意に菅原が立ち上がった。恐らく、楓の様子を見に行くのだろう。分かっているのに、思わず手を伸ばして、菅原の服の袖を掴んだ。

「っ桜?」

人は弱ると甘えたがりになるというのは、本当だと思った。

「行かないで…菅原…」
「!反則だろ、それ」

また私の額を、菅原の手が撫でたような気がした。朦朧とする意識の中、菅原や楓が話している声が聞こえてくる。

「桜。大丈夫だから」
「……ご、めんね」

何度も突き放して、何度も悲しませた。それなのに、優しくて温かい君は、助けてくれる。嫌われていたっておかしくないのに。そう思うと、どうしようもない感情が熱くなった吐息に隠されながら漏れていくのだ。



20210125
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