想起回る

「桜、新しいお父さんよ」

その台詞を母親から聞くのは何度目だろうか。どうせ数年で、捨てられる男だ。適当に愛想を浮かべて、接していれば良いと思っていた。

「桜ちゃんは、お母さんに似て可愛いね」

その視線が、気持ち悪いと思うようになったの中学生に上がった頃だった。男の人は、若い女の子が大好きだとよく言ったものだと思った。母親との再婚は、最初からそれが目当てだったのか。その行為の中に、愛なんて存在しないのだろう。ただ、吐き出したいだけか。

「お母さん、私の部屋に鍵つけるから」

有無を言わせず、そう言った。内側からしか開けられないようなものを、お小遣いをつぎ込んで買った。薄着で家の中をうろつかないように気をつけて、中学ではバレー部に入った。特別バレーが好きだったというわけではなく、朝練と、夜遅くまで練習をやっているから入った。家に居たくなかったから。

「遅くまで、頑張るね…桜ちゃん」

ある日、遅くに家に戻ると、酔っ払った義父がいた。母親は、赤子の楓ともう既に寝てしまっているようだった。そんな2人なんて、どうでも良さげに浴びるように酒を飲んでリビングに寝転んでいた義父の姿は、なんて醜いのだろうと思った。

「まあ、好きでやってることなので」
「ポジションは、なんだったかなー?えーと確か守備専門の…」
「……リベロです」
「そうそう!あははっ、そんな名前だった」

強いて言えば、この男は口が上手い。だから、母親は騙されてしまったのだろう。

「あの。無理して関わろうとしてくれなくて良いので」
「え?」
「別に、お母さんとの仲を邪魔しようとか思ってないし。私のことは放っておいてくれたらいいので」

この調子じゃ、まだ飲むのだろう。面倒くさいからとそれだけ言うと部屋の中に籠もった。強いて言えばシャワーを浴びたかったけれど、酔っ払いは何をするか堪ったものではない。

「すまないな…でも、大事な娘だと思ってる…。すまない、桜」

部屋のドアを閉めるときに呟かれた言葉には、冷ややかに返答した。

「だから、そういうのいいんで」

翌日。義父は出て行った。後から知った話だが、いつまでも懐かない私との関係に悩んでいたらしい。その日から、母親が豹変した。

「あの人を返しなさいよ!!なんで、あんなこと言ったの?」
「うるさいっ!!あんな人、私のお父さんなんかじゃない!!男狩りもいい加減にしてよ」
「どうして毎回そんな態度なの!?」
「お母さんこそ、男がいないと生きていけないワケ?何回結婚すれば気が済むの」
「それは、」

喧嘩の絶えない日々。自然と家に居る時間は更に短くなり、それに変わるようにバレーボールに打ち込んだ。だけど、中学3年の総体の後、オーバーワークで膝が壊れた。絶望だった。

「志木さんって、中学の時ベストリベロだったよね?」
「まあ…。怪我したから、バレーはもう出来ないけど」

そんな私に手を差し伸べてくれたのは、菅原だった。

「良かったら、男子バレー部のマネージャーやらない?」

いつだって優しくて、穏やかで。たまに茶目っ気もあって、みんなを自然と明るくしてくれる。男なんかと蔑んでいた私に、そんなことないのだと教えてくれた人。恋なんて愛なんて信じられないと思っていた私に、それを信じられるように教えてあげると言ってくれた人。

「俺さ、誰にでも分け隔てなく優しくて、曲がったことが嫌いな志木の事が好きだ」

菅原は、日だまりのような人だ。優しく照らしてくれる太陽のような存在。

「そうやって卑屈になるのは、志木の悪い所だべ。志木が思っている以上に、周りは志木のことを信頼してる」

その輝きは、いつだって眩しくて、偶に直視出来ないほど輝いていた。そして、

「桜!!なんで、そうやって決めつけるんだよ!」
「孝支に私の気持ちなんて、分からないよ!!」
「そりゃ、全部は無理だべ!だから、頼ってって言ってるだけだろ?」

いつだって突きつけられる正論が、苦しかった。言ってもないのに、孝支になんて言われるか決めつけて、相談が出来なかった。相談しても解決しないと思っていたから。もし、あのとき、頼っていたら。また、別の未来があったのだろうか。

「俺…桜が何考えてるか分からない。なあ、そんなに頼りない?」
「……関係ないじゃん」
「関係ないわけないだろ。彼女が、そんなになって心配しないわけないだろ?」
「みっともない彼女でごめんね」
「そんなこと言ってないだろ…」

隣に居ると疲れると思ってしまった。だって、私には勿体ないくらいの人だから。

「ごめんね、母さん…あと1年だって」

義父が居なくなって、酒に溺れた母親に待っていた結末は、呆気なかった。沈黙の臓器とも呼ばれる肝臓が病に侵されていることに気づいたときには、手遅れだった。

「ごめんね、桜」
「別に。なんとかするし」
「楓のこと、お願いね…」
「そうやって、いつもいつも身勝手なのよ!!何でもお願いって言っておけば、私がなんとかすると思った!!?母親なんだから、しっかりしてよ!!なんで子供に甘えるの!!」

私がどんな思いを抱えて頑張ってるか、何も知らないくせに。あの頃の私は、ただガムシャラだった。部活と受験勉強で大変な中、母親の問題まで降りかかってきて、ストレスで壊れそうだった。

「志木さん、お母様の件聞きました」
「先生。私は大丈夫なので、誰にも言わないでください」
「確かに、貴女はしっかりしています。私に出来ることなら何でもしますから言ってくださいね」
「大丈夫です。先生はバレー部のみんなに黙ってさえ居てくれれば、大丈夫ですから」
「志木さん…」

それでも、なんとか生きていくしかないから。母親が居なくなってからの生活も考えながら、進学先を考えた。なるべく早く安定した職業に就かないといけない。そのためには、我慢しないと行けないことがたくさんあった。

「進路を変える!?」
「病院アルバイトをしながら通える看護専門学校にします。成績が良ければ、病院奨学金制度も受けれるんですよね。私なら、大丈夫ですから」
「志木さん…お母様の事で大変なのは分かっています。だけど、もう少し落ち着いて…」
「私は落ち着いています。いろいろと考えた上で決めました。すみません、幼稚園に妹を迎えに行かないといけないので失礼します」

そして、輝く彼らを見るのが、いつしか辛くなった。それでも、IHまでは見届けた。これで他の4人が残らなければタイミングとしては充分だったのに。そんな醜いことまで、考えてしまった。そんなこと思ったらいけないのに。

「え!?志木さん"だけ"残らないんですか!?」
「ごめんね。受験に集中したいんだ。春高、応援してるから」

切なげな眼差しが、全力で私のことを引き留めていた。みんなが同じ問いを私に投げかけていた。だけど、それに気がつかないフリをした。

「なあ、待てって桜…!なんで、そう急に…」
「孝支たちだって、急に残るって決めたじゃん」
「急ではないだろ?どうしたんだよ…この間からおかしい。なんかあっただろ?」

その優しさを、突き放したのは私だ。

「なあ、抱え込んでるもの全部、出してみ?」
「出したところで何も変わらないから。大丈夫、頑張るだけだから」
「そんな顔で大丈夫って言われて、信じられるわけないだろ!」
「放っておいてくれたらいい。それが最善だから」

突き放せば突き放すほど、苦しくなる。だけど、それに縋り付くことも出来なかった。

「1人で抱え込まないで、頼って欲しい。桜はすぐ無理をするから」
「そう言うの迷惑だから。ごめん。別れてほしい」
「何で?俺は、桜のこと好きだから別れたくないよ。そんなに、俺は頼りないかよ…」
「ごめん。ばいばい、"菅原"」

どうか、私なんかよりも良い人を見つけて幸せになって。



20210124

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