その音の続きを欲している
真希ちゃんと、乙骨くんが鍛錬する音が校庭に響き渡る。

「余所見してんじゃねぇよ。さっさと構えろハゲ」
「はい」

あの実習をきっかけに、真希ちゃんと乙骨くんは、だいぶ親睦が深まったんじゃないかと思う。乙骨くんは、見た感じ、温厚で生真面目な人という印象だ。それを証拠に、真希ちゃんだけでなく、パンダくんや狗巻くんが、乙骨くんを見る目が柔らかくなっている気がする。ぼーっと乙骨くんの方を眺めていると、パンダくんたちと一緒にいたはずの狗巻くんが、こちらに歩み寄ってくるのが分かった。

「高菜?」

そして、なんだか心配したような顔をした狗巻くんが、私の横に腰を下ろした。その指先はパンダくんと五条先生が居る方を指している。なんで、自分たちの近くで一緒に見ないのかと言いたいのだろうか。

「えーっと、私は此処で大丈夫…だよ?」
「おかか」
「あれ…?そうじゃない…?違ったのか」
「おかか」
「え、どっち…」

私の記憶が正しければ、しゃけが肯定で、おかかは否定のはずだ。それ以外は、なんとなくのニュアンスで読み解いている。

「あ、大丈夫そうに、見えないってこと…?」
「しゃけ」
「そ、そっか…ごめんね…」
「おかか、こんぶ」

__謝って欲しい訳じゃない。かな。
狗巻くんは、優しい人だ。こんな風に、誰かの様子がおかしいと感じたら、そっと隣で寄り添おうとしてくれる。誰も傷つけないように、限られた語彙のおにぎりの具だけを頼りにして。そんな中で、自分の真意を伝えようと頑張ってくれる。それに取られる時間は、かなり大変だろうに。私のことなんて、放っておいてくれたら良いのに。こんな私に、優しくなんてしなくていいのに。

いろんな思いが頭を駆け巡る。狗巻くんは、そんな状況でも、何も言わずに私の言葉を待っているだけだった。否、何も聞かなくても良いと思ってるのかもしれない。ただ、私が1人で孤立しないようにしているだけなのかもしれない。どれにしたって、その行動の真意は、ひたすら優しい。沈黙に耐えかねたのは、私の方だった。

「ちょっと、課題が難しくて…」
「しゃけ?いくら?」
「あ、えと…この間の実習、私、怪我してたから見学だったでしょ…?受けれてない変わりに、個別で課題が出てて…その…」
「高菜?」
「うん、難しい…これは、一種の嫌がらせだと思うんだ…」

だから、パンダくんの横に五条先生がいるから、行き難い。五条先生は凄い人だ。戦闘能力もだけど、先見の明というのか、先を見渡す能力にも長けている。だから、課題をクリアしましたなんて、嘘は通用しないだろう。それに、そんな先生が出した課題は、きっと今後、自分のためになる日が来るのだろう。そこまで、分かっている。分かっているのだけど、どうして良いか分からない。

「ツナマヨ」

そんな私に、狗巻くんが投げてくれたおにぎりの具は、あまり聞くことのないものだった。そのワードの真意が、読み解けない。ツナマヨは、狗巻くんが1番好きなおにぎりの具だ。それもあってか、あんまりその言葉を使うことは少ない気がする。でも、好きな具だから、ネガティブな意味で使われた訳じゃないと思う。語尾が疑問系ではないので、どんな課題か聞いてる訳でもなさそうだ。うーんうーん、と頭を抱えた。狗巻くんは、そんな私の頭を優しくポンポンと叩く。ハッとなって、顔をあげた。

「ツナマヨ!」

フッと頬を緩ませた狗巻くんは、とても優しい顔をしていた。そしてまた、同じ具を私に告げる。その顔を見て、ようやく励まされていることに気付いた。

「私なら…大丈夫…?」
「しゃけしゃけ」
「…!ありがとう、ごめんね、すぐに分からなくて…」
「おかか、ツナマヨ」

__気にしないでいい。大丈夫。ようやく肩の力が、スッと抜ける。そんな私を見た狗巻くんは、ほっと一息吐いて立ち上がった。そして、私の目の前に右手を差し出す。

「明太子!」

左手は、みんなの方を指差していた。

「う、うん…ありがとう…行く…」

私は、自然とその手を取っていた。手が重なって温かな体温が、私に安心というものを教えてくれる。グイっと力強く腕を引かれて立ち上がった。そして、みんなの輪の中へと向かう。

「おせーぞ、梓!」
「真希ちゃん…私、一応、病み上がり…」
「おかか!」
「知るか!棘は梓に甘すぎなんだよ」

不機嫌そうに私を睨む真希ちゃんだけど、どこか楽しそうだ。ふと、五条先生の方を盗み見ると、五条先生も私の方を見ていた。目隠しをしているのに、視線がバチッと重なったように感じて、思わず、手に力が入ってしまう。その手は、狗巻くんの手を握り締めたままだったからか、狗巻くんが、隠すように私の前に立ってくれた。

「こんぶ!おかか!」
「えー?酷いな棘。俺は、梓をいじめてないよ」
「お・か・か!」
「なになに?お前ら、付き合ってんの?」
「おーかーかー!!」

茶化した言葉は、腹が立つのと同時に、自然と私の心を軽くしてくれたような気がした。狗巻くんには申し訳ないけれど。なぜか、そんな風に思ってしまったのだ。

そして、五条先生の視線は、乙骨くんと真希ちゃんの方へと戻っていく。この短期間で、乙骨くんの身のこなしは、格段に上がっていった。真希ちゃんの教え方が上手いのもあると思うけれど、何よりも、乙骨くんのセンスが良いのだと思う。負けてられないな、と思った。







しばらく、5人で鍛錬を続けていると、狗巻くんに呼び出しがかかったようで、勉強も兼ねて、それに乙骨くんが同行。私と真希ちゃんとパンダくんの3人は、残って鍛錬を続けることになった。一応、病み上がりということを考慮されているようで、パンダくんと真希ちゃんは、多少手加減をしてくれているような気がする。それでも、なかなかエゲツないけど(特に真希ちゃん)

「で?何、しけた面してんだ梓」
「………え、」
「なんでもない、はナシだからな!」
「!、それは、」

明らかに防戦一方だ。前言撤回。私の悩みを言うまで、真希ちゃんは手加減してくれる気はないらしい。

「棘には言って、私には言えないってか?」
「ちが…」
「なんだ?聞こえねーぞ!」

関節技を決められて、真希ちゃんの腕が私の首を絞めていく。

「真希ちゃん…ギブ…」

助けてくれ、とパンダくんに視線を移した。私の意図を読み解いてくれたのか、サッと真希ちゃんを抑えてくれる。これじゃあ、鍛錬ではなく喧嘩じゃないか。幸いなことに、パンダくんは、どちらかと言えば私の味方なようだ。2対1は分が悪いと感じたのだろう。真希ちゃんは、すぐに大人しくなった。

先ほどの狗巻くんといい、私は友人に、とても恵まれたと感じる。隠したいこと、閉じ込めたいこと、それらを開こうとしてくる。それが迷惑と感じるのと同時に、なぜか嬉しいとも思うのだ。はあ…と深いため息がもれた。

「ねえ…甘えるって、どうしたら…良いと…思う?」
「「…は?」」

抱えていた思いをボソリと漏らせば、キョトンと怪訝な顔を向けられた。人の悩みを聞いておいて、失礼だと思うんだこの2人。もう嫌だと頭を抱えた。これなら、さっき狗巻くんに話を聞いてもらった方が、良かったかもしれない。

「脈絡なく話が飛べば、そうなるだろ!」
「言えって言ったの真希ちゃんじゃない…」
「はぁ!?」
「落ち着け2人とも!」

再び殴り合いになりそうな私たちを、パンダくんが止める。

「よく分かんねーけど、今のがそうだろ」
「…?」
「分からないことを分からないって言ったことだ!他人に甘えられない人間は、分からないことを分からないって言えないだろ」

悩んだら、自分で解決しないで人に聞いてみれば良い。それは、人を頼ること。人に甘えると言うこと。感情に答えはない。だから、教科書や参考書に載ってないのだ。

「お前は、何でも本に頼りすぎなんだよ、ガリ勉」
「う…」
「真希、言い過ぎだ」

でも、ありがとう。そう告げれば、眩しい笑顔をみせてくれるのだ。











20201029



目次


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -