脳みそに鮮やかなジェラートを
乙骨くんは、先日の任務ですっかり狗巻くんとも打ち解けたらしい。真希ちゃんとも上手くやっているみたいだし、パンダくんは、もともとコミュニケーション能力が高いから、問題なさそうだ。

「高菜…?」
「あ、ごめん…考え事してた…」

そんなことを思いながら、花壇の花に水をあげている狗巻くんを眺めていると、狗巻くんが私の方を向いて怪訝な顔をする。

「狗巻くんと乙骨くんって、上手くやれそうだなと思って。ほら、優しいところとか…よく似てるし…」
「………いくら」
「え、と…私?」

それは、私だと言いたい様子で、コクリと頷かれる。私は、慌てて首を横に振った。

「そ、そんな…私はそんな大した人間ではないし…優しくもなんとも…」
「おかか」
「う、…そんなこと、ある」
「おかか!」
「そんなことあるんだよ。私は、」

優しくなんてない。運良く、たまたま生き残ってしまっただけで、本来なら、死んだ方が良かった人間なのだから。そんな自己嫌悪に陥って俯いていると、狗巻くんがジョウロを地面に置いた。そして、私の方へと歩み寄って来る。

「ツナマヨ」
「うう…また、ツナマヨ…?」
「ツナマヨ、しゃけ、いくら明太子…!」
「ま、待って…早い早いっ…」

顔をあげれば、狗巻くんがズンズンと詰め寄って来る。怒っているわけではなさそうなんだけど、おにぎりの具がポンポンと続いて、真意を解き難い。でも、聞こえて来るワードたちは、あまりネガティブなことに使われていないものだと記憶している。いや、使ったのを聞いたことがないだけかもしれないけれど。

「えと、励ましてくれてるの?」
「おかか!すじこ!」
「違うのか…うう…待ってね、考えるから…」
「…ツナ」

一緒にいる時間は、真希ちゃんやパンダくんと大差ないはずなのに、こうも狗巻くんとのコミュニケーションに差が出るようになってしまうとは、出会った当初は思っていなかった。否、関わりを少なくしてきていたから、必然な流れと言えば、そうなのだけど。乙骨くんに追い越されるのも時間の問題かもしれない。…待て、私は何の勝負をしているんだ。

「えっと…怒ってる?」
「おかか、ツナマヨ」
「違うのか…ツナマヨ…ツナマヨ…ポジティブに考えていいんだよね?」
「しゃけ」
「だよね…えと…」

真希ちゃんやパンダくんに頼ってしまえば、狗巻くんが何が言いたいか、すぐ分かるのだろうけど、それはしたくない。ただでさえ、相手とコミュニケーションを取るのが大変だとわかっているのに、それでも、何かを伝えようとしてくれてるんだ。目を逸らしたくないと思う。

「私は、そんな大した人間じゃない…で、おかかで…否定でしょ。で、ツナマヨは…この間は大丈夫で、あんまり使われなくて…でも悪い意味じゃない」
「しゃけ」
「だよね。で、確か、しゃけが肯定で、その後に、いくら明太子…。明太子は頑張れとか頑張ろうで、前使ってて…」

うーん、頭がパンクしそうだ。そんな私を見かねてか、狗巻くんが真希ちゃんたちの方を指差して首を傾げた。

「高菜??」

2人を呼ぼうかと言いたいのだろう。私は首を横に振った。

「あ、待って…」
「ツナ」
「また増えた…でも、今のは相槌…だよね…」
「しゃけしゃけ」

再び思案しようと腕を組んで唸っていると、ツンツンと肩を突かれる。仕方なしに顔を上げると、ズイっとスマホを差し出される。どうやら狗巻くんは、私がおにぎりの具の意味を読み解くのを待ちきれなかったようだ。先程の、おにぎりの具たちの真意と思われる言葉がツラツラ並んでいる。

"そんなことない、須藤は優しい。もっと自信を持って。須藤が思ってる以上に、周りは須藤に助けられてる"

あの具材たちに、ここまでの意味が込められていたなんて…!読み終わった途端、みるみるうちに顔が熱くなっていくのが分かった。見られたくなくて再度俯くと、何を勘違いしたのか狗巻くんは、私の顎に指先を置いて、私の顔を持ち上げる。パチリ、と美しい瞳に囚われた途端、今度は狗巻くんの顔が赤面した。

「私…めんどくさくない…?」
「おかか!」
「そっか…。あんまり、人に優しくされなかったら、どうやって人に優しくしていいか…分からなくて…」
「………」
「だから、優しいって思われてるのは…すごく、嬉しい…でも、」

すごく矛盾しているなと思う。大事なものを失う辛さを知っているから、大事なものが増えない方が良いと思うのに、人の優しさに触れると、それを返したいとも思う。私は弱い人間だから、結局、邪険に出来ないし、嫌われるのが怖いのだ、と思う。嫌いになろうと思っても、みんないい人たちで嫌いになれない。例え、みんなに嫌われたとしても、私はみんなが好きなのだ。

「高菜?」

心配そうに、どうしたの?と紡がれる。急に言葉を閉ざしたせいだろう。私は慌てて首を横に振った。

「ご、ごめんね…その、優しさに触れると…怖くなる…それを返しても…満足出来なくて…優しくしない方が良いんじゃないかと思ってしまう…」
「ツナ、」
「…うまく説明出来ないや。変なこと言って、ごめんね」
「おかか!」

そんなことないよ、だろうか。フッと目を伏せると、隣からスマホをタップする音が聞こえる。狗巻くんが、また何か打ち込んでいるようだ。真希ちゃんやパンダくん相手なら、こんなことせずに、美味しそうな物たちを並べていくのだろう。何故だかショックを受けている自分がいて、その感情にも戸惑う。ここへ入学してきてから、こんなことばかりだ。

「ツナツナ」

また、ツンツンって突かれたので、顔を上げる。再び並べられた文字に視線を滑らせた。

"須藤が弱音を吐くのをはじめて見た。溜め込まずに、出来る範囲で教えてくれると嬉しい"

「………なんで?」
「明太子」
「そ、そんな優しくされるような人間じゃないよ」
「おかか、ツナマヨ」

__友人に優しくするのに、理由なんてない。

どうしたって、この人は何よりも優しくて、眩しすぎる。






20201102
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