甘美ないいわけ
見学と言ったところで、私に出来る事なんて無い。
「梓?お前、何考えてる?」
五条先生が私にそう問いかけた。
「………いえ、別に、何も」
目隠しをしているのに、なんだか見透かされているような気がしてしまう。
「ただ、少し…昔を、思い出してました。」
私は、両親に愛されずに育ったと記憶している。私の生まれた家は、それなりに名の知れた呪術師の家系だったそうだ。その記憶が断片的なのは、10年程前に、呪詛師によって滅ぼされて、そのショックで記憶障害を負ったからである。滅ぼされたというと、少し語弊があるかもしれない。何故なら、私が生きているからだ。
私は、両親の死後、呪力をもたない遠い親戚に押しつけられた。そこで"須藤"の名字を与えられ、更にその親戚の親戚へとたらい回しにされた。そこでの扱いは酷いものだったと記憶している。そこからの記憶も思い出すと辛くなるからと封じ込めたせいで、少し曖昧だ。
小学校中学年くらいのときだろうか、ある事件をきっかけに、五条先生に出会った。その時まで、呪力の存在を"忘れていた"。先生から説明を受けていくうちに、その、非日常的なワードや存在が、何処か自然と胸の中に溶け込んできたのだ。"忘れていた"ことまで、思い出してしまえるのだから不思議なものだ。そして、私は、多分もっと何かを忘れているような気がする。否、確信している。
「真希の言葉が響いたか?」
ニヤリ、と口角を上げた先生を、恨めしく思った。
「転校生よりも、逃げているのは、私だから…」
現実から、ずっと、目を逸らし続けている。
「まあ、聡いお前のことだ。調べようと思えば、自分の出自やら何やら、すぐに分かるからな」
「………それは、」
知るのが、怖い。偶に見る悪夢が、それを阻む。知らなくても、なんとかなる。そんな言い訳を並べながら、生きてきた。変わりたいとは思わない。変わることで、生まれる何かが、怖い。
「それは?」
先生が言葉の続きを促す。たくさんの想いや感情が、頭を駆け巡るのに、結局、口には出せなかった。
「フー、いつまで経っても甘えてくれないねえ」
「…ご、ごめんなさい」
決して良い親ではなかったけれど、そんな人たちでも、私に微かでも情があったのは事実だと思うから。今際の際まで、それが分からなかったのは問題だとは思うけれど、彼らがいなければ、私は生まれてこなかったし、生きてもいないのだ。その事実を認識してしまった以上、それを失うとき、それが大きければ大きいほど、自分へのダメージが大きくなる。そんな、失う怖さを覚えてしまった。私の、まだ短いこの人生で、何人かの呪術師や関係者とお別れもした。その度に、負うそれを減らしたくて。私は、必死で関わりを少なくしようとしてきたのに。この先生と言い、みんな、
「誰だって、死は怖いさ。だから強くなる」
だから、そんな明るい言葉で、私を照らさないで欲しい。
「梓、実習を見学したお前に1つ課題だ。誰かに甘えてみろ」
その日、転校生は実習を成功させた。
20201026