呪われた転校生
真希ちゃんが突き刺した刃は、きちんと刺さっているのにも関わらず、呪いはビクともしない。私は視線を五条先生に向けた。相変わらず何考えてるか分からない顔をしている。私は1度深呼吸をして思案した。___呪われた転校生。そもそも呪いを呪いが祓うのだから、別に呪われた人間が学友になったところで問題はないのでは?そう思うと、ストンと肩の力が抜ける。
「あっ、早く離れた方がいいよ」
「「「「?」」」」」
「待って!!里香ちゃん!!」
転校生の静止も虚しく、転校生の呪霊は真希ちゃんの刃を掴んだ。
「ゆうたをををををを虐めるな」
やばい、と思ったとき既に遅し。みんな、サッとその場から退避していくが、私は昨日負った傷を庇いながら動こうとしたせいで、足が縺れて転んでしまう。
「…ぐっ、」
「高菜!」
転んだ衝撃で、更に鋭い痛みが走った。1番近くに居た狗巻くんが、すぐに気づいてくれて、そっと抱えられる。そして、口元を覆っていたものを下ろして言葉を発しようとした狗巻くんを五条先生が制した。なんとかクラスメイト全員がそれから逃れたところで、五条先生が転校生の境遇を語っていく。
__転校生には、里香ちゃんという将来を約束した幼馴染の女の子がいた。
しかし、里香ちゃんは不慮の事故で亡くなってしまう。その時から、転校生は里香ちゃんに取り憑かれ"呪われた"。そんな里香ちゃんは、転校生を守ることを信条としており、転校生に害なすものに報復した。その結果、周りの人間を守りたいと思った転校生は、家族からも離れるようになった。そんな転校生を不憫に思った五条先生の進言で此処に迎え入れられたという。
「彼のことが、だーい好きな里香ちゃんに呪われている乙骨憂太くんでーす!皆、よろしくー!!憂太に攻撃すると里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったり、何にせよ、みんな気をつけてねー!!」
そういうことは、早く言えと思ったのは私だけじゃない気がする。
「コイツら、反抗期だから僕がちゃちゃっと紹介するね。呪具使い禪院真希。呪いを祓える特別な武具を扱うよ」
「………」
真希ちゃんは顔を顰めて、かなり険しい顔をしている。
「呪言師、狗巻棘。おにぎりの具しか語彙がないから、会話がんばって」
「こんぶ」
狗巻くんは無表情で、流石にその言葉だけでは、乙骨くんのことをどう思っているか分からない。
「学年主席、須藤梓。と言っても4人しかいないけどね。分からないことがあれば、彼女に聞くと良い」
「………え、そんな勝手に、先生…困ります」
ただでさえ、人とあんまり関わりたくもないのに。転校生の世話係にされそうになって拒絶していると、狗巻くんが私の前に立ってくれた。ほっと一息吐いて、私はその後ろにサッと隠れる。
「パンダ」
「パンダだ、よろしく頼む」
「とまあ、こんな感じ」
どうやら、乙骨くんと仲良くしようと思っているのは、パンダくんだけのようだ。
「さあ、これで1年も5人になったね。午後の呪術実習は2-2のペアで1人は見学だ。棘・パンダペア。真希・憂太ペア。見学は梓」
本来ならば、転校生が見学となるところだったのだろう。私が見学に指名されたのは、怪我を考慮してということだろうか。真希ちゃんが、かなり嫌そうな顔をしているので、後から文句を言われても嫌だし、ビクビクしながら口を開いた。
「………あの、先生。私、その…だいじょうぶ、ですよ?そんな、大したことな「おかか」」
怪我なんて日常茶飯事だし、と続けようとしたところで、狗巻くんがダメだと口を挟んだ。
「うーん、2-3にする…?梓の傷が開いた場合の責任は、とれないよ?」
「!?」
乙骨くんが、驚愕の眼差しで此方を見る。彼は、私が怪我していることに気付いてなかったようだ。
「いい。梓は休ませろ」
「よ、よろしくお願いします…」
真希ちゃんの顔色を窺いながら、乙骨くんは言った。だけど、それは逆効果だ。
「………オマエ、虐められてたろ」
その言葉に、乙骨くんは言葉に詰まっていた。
「図星か。分かるわあ、私でも虐める。呪いのせいか?"善人です"ってセルフプロデュースが顔に出てるぞ、気持ち悪ぃ。なんで守られてる癖に被害者面してんだよ」
やめて、と真希ちゃんの方に歩み寄って腕を引いてみたが、彼女は言葉を続けていく。
「ずっと、受け身で生きてきたんだろ。なんの目的もなくやっていける程、呪術高専は甘くないぞ」
彼女の言うことは、尤もだ。だけど、もう少し言い方というものがあるだろう。そう思うのに、それ以上何も言えないのは、結局私が臆病者だからだろうか。否、乙骨くんを庇ったところで何になる。庇おうとしているのではない。真希ちゃんの言葉が、まるで、
「真希、それくらいにしろ!」
「おかか!」
「わーったよ、うるせえな」
自分に言われてるように聞こえたから、止めたかったのだ。
「すまんな。アイツは少々他人を理解した気になりすぎるところがある」
パンダくんや狗巻くんが真希ちゃんを止めてくれて良かった。あのまま、更に言葉が続いていれば、私はきっと、もっと自分を嫌いになっただろうから。
「………いや、本当のことだから」
そんな私を余所に、乙骨くんは、きちんと真希ちゃんの言葉を受け入れていた。
20201026