それを宿命とよぶならば、
視界一面をたくさんの赤が覆った。炎、誰のものかも分からない血液、そして見たこともない人間。___逃げなければならない。そう頭は認識しているのにも関わらず、自分の体はいつまで経っても動かない。ヒッと恐怖で体が震えた。すると、

「梓、」

何度聞いてきたか分からない声が、私を呼ぶ。この声は、多分、私の父のものだ。もう何十年と現実で聞いてない声が、私を導こうとする。

「逃げなさい、梓」

何度も、何度も聞いてきた言葉。ふと、誰かが私の背中をトンッと押した。声を上げたいのに上げられない。逃げたいけど逃げたくない。否、1人になってしまうのが嫌なのだ。

「お前は逃げなさい」

いつだって厳しくて。出来損ないの自分なんて、愛してくれないと思っていた。それなのに、微かに含んだそれは、なんだというのだ。もっと、はやく知りたかった。もっと、はやく知っていれば、そうしたら、私は____。


ヒソヒソ………ヒソヒソ………

__あの子が、確か××の家の?
__呪われた家系の子だよ。

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!全部聞こえている。全部分かっている。願ってしまったから失った。知りたいと思ったから失った。私はそれを知ってはならなかった。望んではならなかった。

大事なものが出来たとき、己の行動は、どうすれば正解なのだろう。優しくされれば、されるほど、突き放せなくなる。嫌われたいと思うのに、嫌われてしまえば楽なのに、好かれたいと思ってしまう。ひとりでいたいのに、1人にさせてくれない。まるで、心の内を除かれているかのように。私にたくさんの愛を注ごうとしてくれる。温かいそれらを、与えてくれるのだ。

__近づいてはならん。呪われるよ。そして、消される。

誰が、呪いたいと思うものか。例え、この身に呪いを宿しているとしても。それは、祓うためのものだ。呪いではないものを消したいなんて、思うものか!消したくないに決まっている。

__梓

それ以外で、呪うとすれば、それは…。

「梓。その力を憎んではいけないよ。」

果たして、あの時、私は笑って頷くことが出来たのだろうか。







昨晩は、酷く夢見が悪かった。ここのところ見ていなかった悪夢を久しぶりに見てしまったのは、転校生が来るという話を聞いたからだろうか。それとも、昨日の任務で負った傷が、思いの外重傷だったせいだろうか。はあ…と盛大なため息を吐けば、既に教室に到着していたクラスメイトの視線を集める。クラスメイトと言っても、僅か3人しか居ないけれど。

「どうした?お前が最後なんて珍しい」

禪院真希。眼鏡をかけた黒髪ポニーテールが特徴的な女子生徒。同級生女子は私と真希だけなため、それなりに関わりも深い。最初出会った頃は、男勝りで口が若干悪いのもあり、仲良くなれないと思っていたが、意外と面倒見が良いので、邪険に出来ずにいる。

「しゃけ」

狗巻棘。ツンツンした髪が特徴的な男子生徒。呪言とよばれる、言霊を増幅・強制させる高等術式を操るためか、語彙がおにぎりの具しかない。それなのに、最近、彼の意図が分かるようになってきてしまい、そこからにじみ出る優しさに、邪険に出来ずにいる。それでも、その意思疎通の上手さは同級生2人には劣るけれど。

「昨日の任務大変だった?」

パンダ。パンダなのに動物では無く突然変異呪骸。人間の見た目をしてないのに、私たちの中で、コミュニケーション能力が1番高い。誤解の生みやすい私たちのフォローもとても上手いので、邪険に出来ずにいる。

「…えっと、その、大丈夫だよ」
「おかか」

おどおどしながらも、なんとかへらり、と笑って言った私の真意を最初に読み解いたのは、狗巻くんだった。おかか、と私の言葉を否定したと言うことは、私の大丈夫という言葉を信じていないのだろう。多分、大丈夫そうに見えなかったのだ。困ったように、そこに佇んでいるとタイミング良く、担任の五条先生が教室に入ってきた。私は、安堵の息を漏らしながら、自席___狗巻くんの隣に腰掛ける。

「転校生を紹介しやす!テンション上げて、みんな!」

朝からうるさい声に、顔を顰めた。

「上げてよ」

再度、先生がそう言うけれど、みんな知らんぷりをしている。みんなが、こんな風になるのは珍しい。それもこれも、転校生の噂のせいだろう。昨夜、その話をしている時に任務があったから、転校生について、私は詳しくは知らないのだけれど。知っていることと言えば、その転校生は性格に難があるようだということぐらいだ。

「随分尖ったやつらしいじゃん。そんな奴のために、空気作りなんでごめんだね」
「しゃけ」
「………」
「………」

普段フォローに回るパンダくんが何も言わない様子を見れば、パンダくんも同意見ということだろう。私は、基より興味がないのだけど。___ただでさえ、大事なものが増えてきて困っているのだから。

「ま、いっか!入っといでー!」

興味が無いと言わんばかりに、ふと視線を窓に向けた。その途端、ガラリと教室のドアが開く。視線をそちらに向けていなかったからか、傷が疼いてしまったからか、反応に遅れた。入ってきた転校生の纏うその気配は___

「あ?」

冷や汗が流れる。転校生が挨拶をしようと口を開いた途端、クラスメイト達全員が一斉に席を立った。

「………っ…」

ずきり、と脇腹に痛みが走る。昨日受けた傷がそれを主張して、蹲った。

「おい、オマエ呪われてるぞ」

みんなの声を代弁するように、真希ちゃんがそう告げた。私は懐にしまっているハーモニカを握りしめた。

"日本国内での怪死者・行方不明者は、年平均1万人を超える。"

その殆どが、人の肉体から抜け出した負の感情である呪いの被害者だ。呪詛師による悪質な事案を除いて。呪いに対応できるのは、同じ呪いだけ。私たちの通う此処、東京都立呪術高等専門学校は、その呪いを祓うための呪いを学ぶ場所。そこに、呪われた人間が、やって来てしまった。



20201026
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