弾ける音だけ聴いて居ようよ
私は、自分の気持ちを表に出すのが、あまり得意ではないから、2年生のみんなに気づかれていたかどうかも怪しいけれど、実は、新しい後輩に会えるのを楽しみにしていた。だから、その対面が、こんなに冷たく悲しいものになるなんて予想していなかった。

「上の連中、全員殺してしまおうか?」

五条先生から、そんな冷たい声を聞くのは、初めてかもしれない。初めて会った頃から、掴みどころがなくて飄々としているあの人の姿から、こんな声を聞くことになるなんて、思っても見なかった。

「…行くよ、須藤」
「はい」
「珍しく感情的だな。随分とお気に入りだったんだな彼」

家入さんの後ろをついて歩く。

「!、僕はいつだって生徒思いのナイスガイさ。……っていうかなんで梓も?」
「この子は今、反転術式を会得しようと修行中なんだよ。勉強になるかと思ってね、連れてきた。須藤、話してなかったのか?」
「……いえ、」

髪の毛先をクルクルとさせながら、家入さんが質問してきたので、首を横に振る。多分、五条先生的には、此処に私が来て欲しくなかったのではないかと思い、肩を落とした。

「はーい、梓。僕何も言ってないよ?被害妄想禁止ね」
「…はい」
「それと、あまり伊地知をイジメるな。私たちと上の間で苦労してるんだ」
「男の苦労なんて興味ねーっつーの!」

ふと、近くにいた伊地知さんに視線を向けるとプルプルと震えている。気の毒だ。

「で、コレが宿儺の器か」

特級呪物「両面宿儺」通称・呪いの王。宿儺の指を取り込んで呪力を得られるのは呪霊のみであり、人間にとっては猛毒に等しく、取り込んだ時点で即死のはずであったが、この1年生が特異体質であったため、宿儺の指を取り込んだことで両面宿儺は受肉し、千年の時を超え現世に顕現してしまったらしい。 この子が死ねば、宿儺も死ぬ。それに意を呈したのが五条先生だったらしい。上の人たちは、この子が死んで、さぞ喜んでいることだろう。

「好きに解剖していいよね」
「役立てろよ」
「役立てるよ。誰に言ってんの?須藤、準備するから、待ってな」
「はい」

遺体に近づいて、はじめて顔を見た。見た目は私たちと変わらない、普通の男の子だ。胸部に穴が開いているのが、なんとも痛ましい。そっと両手を合わせて、目を瞑った。力のない私は、ただ、祈ることしかできないのだ。

「梓、こっち来い」

しばらく目を閉じて瞑想していると、五条先生に呼ばれる。家入さんは器具を準備したり消毒液を確認したりしている。私は邪魔しないように、そっと離れて、五条先生の横に座った。

「勝手に来て、ごめんなさい…」
「何で?嬉しいね、僕は」
「…どうしてですか?」
「今まで、目先のことでいっぱいいっぱいだった奴が、将来について考えはじめてるからさ。な?来てよかっただろう?」
「それは…前に言いました…」

__あの言葉、撤回します。

私の人生において、みんなに出会えたことは、きっと1番の幸福なことだから。

「ククッ、相変わらず素直じゃないねぇ」
「!、これでも…頑張ってます…」
「分かってる分かってる。僕もねー、夢があるんだ」

五条先生のその言葉に反応したのは、私だけでなく伊地知さんもだった。

「夢…ですか」
「そっ、悠仁のことでも分かる通り、上層部は呪術界の魔窟。保身馬鹿、世襲馬鹿、傲慢馬鹿、ただの馬鹿。腐ったミカンのバーゲンセール。そんなクソ呪術界をリセットする」

確かに、上の人たちに不満を抱いている人間は、私たちには多い。よく思ってる人を探す方が難しいと思う。この間の任務なんて、私に死んで欲しいのかと思ったくらいだ。

「上の連中を皆殺しにするのは簡単だ」
「…っ!」

ビクリ、と身体が震えた。五条先生はそれを見逃さない。

「大丈夫だよ、梓。そんなことはしない。梓は、殺人がどれほど他人を傷つけるかよく知ってるよね」
「はい…ごめんなさい、分かってます」

そんなことをすれば、五条先生は呪詛師になってしまうし、それじゃあ、首がすげ替わるだけだ。

「うん…そんなやり方じゃ、誰も付いて来ないしね。だから僕は、教育を選んだんだ。強く聡い仲間を育てることを」

ずっと疑問に思って聞けなかったことがあった。なんで、五条先生は、私を助けてくれたんだろうって。最強と謳われるこの人が望む世界は、なんて素晴らしくて、実現の難しいものなのだろうか。

「そんなわけで、自分の任務を生徒に投げることもある」
「いや、…それはサボりたいだけですよね」

そこだけ聞き捨てならなかったので、思わず突っ込んだら、伊地知さんによく言ったというような目で見られた。

「皆、優秀だよ。特に、3年秤。2年乙骨。彼らは僕に並ぶ術師になる」

私は、他学年との交流はほとんどない(逃げている)ので、秤先輩については詳しく知らないけれど、乙骨くんの実力の高さは、折り紙付きだ。五条先生は何を思ったのか、そこで言葉を切った。両手を爪が食い込むくらいに強く強く握りしめている。目隠しをしている視線の先にいるのは、亡くなった1年生。五条先生の中では、皆んな平等に大切な生徒で、彼もその1人だった。こんな風に五条先生が、私たちをどう言う風に見ているのか、それにあまり触れる機会がないから、どう声をかけていいか分からない。私は、意を決して、その大きな手に、そっと触れた。

「…私、まだまだ、弱いけど…強くなるよ、先生」
「珍しいね、梓が僕に優しい」
「もう!」

無駄口叩けるなら大丈夫か。心配して損した。拳を握りしめて、肩に一発ぶつける。真希ちゃんたちみたいに力は無いので、全く痛くないだろうけど。

「ちょっと君達。もうはじめるけど、そこで見てるつもりか?」

家入さんに言われて、ハッと顔を上げる。視線を彼の方に戻すと、あろうことか動いて上半身を起こしていた。

「おわっ、フルチンじゃん!!」

その言葉を聞いた途端、恥ずかしくなって両手で顔を覆った。被せていた布を家入さんが剥いだから、彼は全裸だ。

「ごごご五ご五条さん!!いいいいい生き!!?」
「クックッ、伊地知うるさい。……そして、梓にはちょっと刺激が強かったかな?」
「ご、ごめんなさいっ…いやだって、あの!」
「うん、ごめん梓。君はまだ、純真なままでいてください」

先生に揶揄われて余計に恥ずかしくなる。だって、男の子の全裸なんて見たことない。さっきまでは、布がかかって隠れていたし!でも、解剖するとなれば、そこも見ないといけなかったのか!そこまで考えてなかった。いやでも、生き返ったのだから見ないで済むだろうし、良かったんだよね!!?

「ごめん、梓。落ち着いて?」
「落ち着いてます!先生の馬鹿!!」
「どこが」
「ちょっと残念…」
「あのー恥ずかしいんですけど…」

その声を聞いて立ち上がる。見られる方もそりゃ恥ずかしいよね!何か布を取ってきます!と駆け出した。

「悠仁!おかえり!!」
「オッス、ただいま!!」

初めてみる笑顔は、とても晴れやかなものだった。


 



20201119
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