心臓はあまりに凍えていた
2年生に進級して、早くも3ヶ月が経った。7月に入り、日中が大分暑くなってきてうんざりしている上に、大阪での任務後から、体調不良が続いている。今日なんて、女の子にまでなってしまったから、コンディションは最悪である。

「おい、梓、顔死んでるぞ…」
「女の子です…」

そう告げると、察してくれたのか、ああ…と頷かれる。

「お前、そんな重かったっけ?」
「いや…今年に入ってから、なんか酷い…。太ったからかな…」
「太ったは嘘だろ」
「うん、嘘…むしろ痩せた…」
「嫌味かよ」
「違います…ごめんなさい…」

部屋を出たタイミングが真希ちゃんと一緒で、並んで食堂まで歩く。私を気遣ってくれているのか、歩くペースが普段よりもゆっくりな気がした。

「どの道、今日の放課後は家入さんのところに行くから…その時、相談してみる」
「ああ、反転術式教わりにか?」
「うん…そっちも上手いこといってないけど…はああ…」
「やり始めたばっかだろ。もう諦めんのか?」
「まさか」

反転術式の治癒は、あの五条先生にもできないと聞く。呪術師でも出来るのは家入さんくらいで、その力はかなり重宝されているのだ。習得したいと思った時から、そう簡単にはいかないことくらいわかっている。長期戦覚悟だ。

「あー…頭痛いー、気持ち悪いー…」
「うるせぇ」
「酷い…」

まあ、真希ちゃんのこの毒舌には慣れているので、今更何とも思わないんだけど。下腹部を両手で抑えながら、ふと過った疑問を投げかけた。

「あ、話変わるんだけど…狗巻くん語って、増えた?」
「は?」

突然なんだよ、と眼光が鋭くなった。何も、そんな顔をしなくてもと思ったが、事を1から説明していく。

「……しらす?」
「うん…最近なんか使ってくることがあって、ボキャブラリーが増える分には良いんだけど…なんて言ってるかわからない…。聞き返したら、ツナマヨで代用されるし…」

ツナマヨは大事な場面でよく使われる語彙だ。今まで使われた時のことを思い出してみる。誰かに電話をかける”ツナマヨ”、大丈夫の”ツナマヨ”、ごめんねの”ツナマヨ”、ありがとうの”ツナマヨ”、………うん、考えれば考えるほど分からない。

「まあ、悪い意味じゃねーと思うけどな」
「それはわかってるよ…だって、”ツナマヨ”の代用だよ?」
「知らねーよ。私には使ったことねえんだから」
「え。…ないの?」
「ああ」

じゃあ、余程大事な時に用いられているか…もしくは、裏をかいてネガティブな意味か…。でも、ネガティブな意味なら代用は”ツナマヨ”じゃなくて、”こんぶ”か”おかか”辺りになると思うんだけど。あれか。特に意味はなくて私をからかって遊んでるのか!?

「あああ……っ分からない!」
「うるせっ、朝からでかい声出すなよ…腹痛いんじゃなかったのか?」
「それとこれとは、別…。分からないことがあるとモヤモヤしてやだ!」
「さっきから、言ってること滅茶苦茶だぞ、お前」

はあ、と呆れたようにため息を吐かれる。だけど、真希ちゃんは、急に立ち止まって、ニヤリ…と怪しい笑みを浮かべた。

「…な、なに?」
「梓が、好きだって言ったからじゃねーの」
「え…?」
「だから、パンダに聞かれてただろ?」

__好きなおにぎりの具はなんですか?
__…私は、しらすが1番好きかな

「………えっ」
「棘からのアプローチだったりしてな?」

ニヤニヤとこちらを見る真希ちゃんの目は、それはそれは輝いていた。おもちゃを見つけた子供のようだ。

「か、からかわないでよっ!」
「…んだよ、折角一緒に考えてやったのに」

その言葉は、完全に真希ちゃんの気分を害してしまったらしく、歩くスピードを上げられる。私は、謝罪の言葉を繰り返しながら、慌ててその背を追いかけた。







朝、真希ちゃんに言われたことを変に意識してしまい、今日は、あまり狗巻くんと話せなかった。話せなかったと言っても、普段よりも…というだけで、別に避けたりはしていないから、大丈夫だ。

「梓は、この後、どこか行くのか?」
「うん…家入さんのところに…勉強と、後…最近、不調が続いてるから、それも診てもらう予定だよ」
「そうか」

若干、残念そうにしているのはパンダくんだ。2年生で、今日の放課後、予定がないのはパンダくんくらいのようだ。真希ちゃんと狗巻くんは、この後、2人で任務らしい。

「2人とも気をつけてね」
「しゃけ」
「誰に言ってんだよ。…あ。棘、一回呪具取りに部屋に戻ってから行くわ。校門で待っててくれ」
「しゃけ、いくら」

__慌てなくて良いよ
颯爽と教室を後にする真希ちゃんを3人で見送った。真希ちゃんの姿が見えなくなると、パンダくんがこちらを向いて、

「梓、よく診てもらえよ」
「え?」

そう言った。そして、コツン、と額を小突かれる。そのあと、狗巻くんにポンポンと肩を軽く叩かれた。

「しゃけしゃけ、高菜、こんぶ」

__今日も、ずっと上の空だった。

「う、」

痛いところ突かれた。バレてないつもりだったけど、狗巻くんにはお見通しだったらしい。

「棘の言う通りだな」
「……すみません」

訂正。全員にバレていたようだ。居た堪れない気分になりながら、机の中から医学書やら教科書やらを取り出して、カバンに入れていく。

「……すじこ、明太子」

___無理するな、パンダと帰れ

「そうだな。梓、暇だから送っていくし迎えにいくぞ!」
「………それは過保護すぎない?」
「「すぎないすぎない/おかかおかか」」

2人揃って、首を横に振られる。あまりにもシンクロしていて苦笑いが漏れた。結局、ここまで言われてしまっては、私が折れるしかない。教室を出て、下駄箱のところまでは狗巻くんも一緒に歩いた。そこから、狗巻くんは任務へ、私とパンダくんは家入さんのところへと向かう。

なんだかんだ、パンダくんと2人きりになると言うのはあまりないので、新鮮だ。私たち2年生は、学年の仲が特に良い印象があるらしく、割とみんなで行動することが多い。みんな努力家で、生真面目な一面があるからかもしれない。練習や鍛錬も1人でするよりも、みんなを誘ってやるし。後、私以外は、身体能力も高い印象があるから、各々の練習にぴったりなのだろう。…と思ったところで、なんだか自分が惨めになってきた。わたしは、身体能力には恵まれていない。その代わりに、呪力が高いんだけど、それも乙骨くんには敵わないし。…と自己嫌悪に浸って、ダメダメと頭を横に振る。そんな私を見兼ねてか、横を並んでいたパンダくんが口を開いた。

「この間の任務から、みんな心配してるみたいだ」
「うん…それはなんとなく気付いてる…。だから、ちゃんと言ってるよ…」

しんどい時はしんどいって。そう言うことが甘えると言うこと。仲間を頼ると言うこと。仲間を信じると言うことだって、分かったから。

「梓は、俺たちの中では、1番マメだろう?」
「え、そうなの…かな…」
「んー、棘も結構マメだけどな。それ以上だよ、梓は。昔とは大違いだ」

みんなと一定の距離を保とうとしていた去年と比べると、少しは成長できてるのだろうか。

「ねえ、ちょっと…褒めてるの?貶してるの?どっちなの?」
「褒めてる褒めてる。そんな梓から、1週間も連絡つかないなんてことなかったから、気になってるんだろうな」
「あれは、不可抗力だよ…」
「だからだぞ」
「そ、か…うん…。心配してくれて、ありがとうでいいのかな」

みんな、優しいから。だから私は、嫌いになれなくて、嫌われたくないと思ったのだから。そんなみんなにこれ以上、嘘はつきたくない。だから、早く、この不調の原因を判明させたい。

「じゃあ、行ってくるね。ここまで送ってくれてありがとう、パンダくん」
「梓に何かあったら、棘に怒られるからな」
「っふふ…なにそれ…」

パンダくんに手を振った後、コンコン、と部屋をノックした。返事が聞こえてきたので、そのまま部屋の中に入る。家入さんは相変わらず隈が酷いお顔で出迎えてくださった。あまりにも眠たそうで休んでくださいと言いたいところだけど、それを聞き入れてくださる方ではないので、黙っておく。今度、五条先生あたりに家入さんの好みを聞いてみよう。日頃から良くしてくださってるから、何か出来ると良いのだけど。

「はい、座って」

まずは、軽い問診からだった。あの大阪の一件以来、五条先生からは体調を気にしているように言いつけられているので、一応、日々の体調記録を書いている。私は、鞄からそれを取り出して、家入さんに手渡した。

「本当、君、私の後継者に欲しいわ」
「…恐縮です」

いつ、何が起きているか、それを嘘偽りなく記すことは、とても大事なことと医学書や看護学書に書かれていた。頭痛があった日、耳鳴りがあった日、その程度。なるべく事細かに書いて、自分でも見返してみたりもした。1週間も原因不明で意識がなかったのだ、原因追求のために、自分ができそうなことはしておきたい。

「過呼吸は出てないんだね?」
「…あ、そう言えば、」

最後に過呼吸が出たのは、狗巻くんと任務に行った日以来だ。ここ2週間は1度も出ていない。でも、過呼吸の頻度は元々そんなに多くはない。小学生の頃は任務の度に出ていたけれど、中学に上がってからは、上手くコントロールしていた…はずだ。

「京都校の加茂にも聞いたけど、それらしい原因は分からない」

直前に話したことは、多分、私の"血筋"のことだ。だけど、それで、何かがフラッシュバックして、ストレスで倒れたとしても、1週間も目覚めないなんて言うことは、おかしい。身体検査をして脳にも異常がなかったから余計に"気味が悪いのだ"

「とりあえず、経過観察ね」
「……まあ、そうなりますよね」
「で?あとは何を聞きにきた?」
「反転術式のことなんですけど、前に、ひょいってやって、ひょいってやるって言ってたじゃないですか」

私の中で家入さんは、感覚派なイメージだ。だから、言葉で説明してもらっても一向に理解できないと思われる。

「あれを、見せて欲しいです」

技は盗め、とよく言う。言われても分からなければ、もう何度も見て見様見真似でやってみるしかないと思う。

「あら君、以外と行動的なんだね」
「…こう見えて、だいぶ追い詰められてます」

だって、私の周りの仲間たち、みんな凄いから。

RRRRR…

「ちょっと待って。……なに、…は?」

"2018年、7月。西東京市、英集少年院運動場上空。
特急仮想怨霊(名称未定)
その呪胎を非術師数名の目視で確認。緊急事態の為、高専1年生3名が派遣され、内1名死亡"





20201117
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