父親達の思惑をよそに、時の帝であるザンザスは、ある日突然思い立って狩りに出かけていた。 そして、なんたる運命の偶然か、そこで一人の少女と出会う事となったのだ。 なまえである。 彼女は今まで彼が宮廷ではべらせてきた女達とはまったく違う種類の女だった。 絶世の美貌では決してない。 だが、内面から溢れ出る清らかさや心ばえの美しさが彼女を光輝かせていた。 とても優しく愛らしい少女だ。 まさしく稲光を受けた気分だった。 「この女だ」と思った。 この女こそ、自分のものとなり、生涯つがう運命の女なのだと感じた。 しかし、ザンザスが近くへ寄ろうと足を踏み出した途端、少女は慌てて踵を返して逃げ出そうとした。 勿論それを許すザンザスではない。 家の中に駆け込もうとした少女の袖を素早く捕らえ、 「ハッ、逃げられると思うのかよ」 不敵に笑って強引に引き寄せた。 彼よりもずっと小さなその身体は柔らかく、とても温かい。 「わ、私は、貴方の国の人間じゃありません。もしこの国に生まれていたら、召し使いとして連れて行かれても仕方ないかもしれませんけど、このまま連れて行かれるのは困りますっ」 「うるせえ、知るか。俺が連れて行くと決めた以上、お前に拒否権はねえ」 ザンザスが言って、直ぐ様なまえを拉致すべく御輿を呼び寄せる。 しかし、彼女は急に姿を消して見えなくなってしまった。 (普通の人間じゃねえということか…) ザンザスは舌打ちし、不機嫌そうな口調でさっきまで少女がいた空間に向かって呼びかけた。 「…それほど嫌だというなら、今日のところは勘弁してやる。だからさっさと姿を現しやがれ」 お願いにしては偉そうな言い方だが、少女は素直に聞き入れて再び姿を現した。 「…本当?」 「ああ」 また日を改めて迎えに来るつもりでいたが、それは言わずに、ザンザスは不機嫌そうな顔つきのまま頷いてみせた。 そっと手を伸ばして柔らかい頬に触れる。 今度はなまえは消えなかった。 ザンザスが頬を撫でても大人しくされるがままになっている。 「また来る。忘れるなよ、お前は俺の女だ」 離れがたいと感じる心と、今すぐにでも自分のモノにしたいと願う気持ちを抑えつけ、ザンザスは名残惜しげに立ち去った。 |