今日こそは言わなければならない。
そう決意して、今日の任務を終えた私は補助監督さんが待つ車に向かっていた。

「や。お疲れサマンサー!」

「えっ、五条先生?」

「えへ。来ちゃった」

確か五条先生が出張から帰ってくるのは今夜のはずだった。
だから、それまでに心の整理をつけようと思っていたのに。

五条先生を乗せて来たと思われる車の中には、伊地知さんが心配そうな顔で座っていた。見ているこちらまで胃が痛くなってきそうな顔色の悪さに心の底から伊地知さんに同情した。きっと相当無理を言ってここに連れて来られたのだろう。

「どうしたの。何かあった?」

「あのっ」

私は覚悟を決めた。

「別れましょう!別れて下さい!」

一気に言いきると、ぽかんとしている五条先生を置いてダッシュで補助監督さんの車に乗り込んだ。

「出して下さい!早く!」

「は、はい」

わけがわからないままの補助監督さんが車を発進させる。
私はずっと詰めていた息を吐き出した。

これでいい。これで良かったんだ。

そう思いながら何気なく窓に目をやり、ぎょっとした。
元から荒れ模様だった海が、黒い大波となって背後から迫りつつあった。
それだけではない。
その波の上を五条先生が飛んで来ていた。この車を目掛けて。追いかけてきている。

「待ちなよ」

「ひえぇぇっ!」

車と並走しながら五条先生が言った。

「止めて」

補助監督さんが急ブレーキをかける。
シートベルトが身体に食い込んで息が詰まった。
ドアが開く。私は五条先生に引っ張り出された。
そのままあっという間に先生の腕の中に閉じ込められてしまう。

「さっきのは僕の聞き間違いかな。そうだよね?」

「ち、違、」

「んー?」

「ひ、ごめんなさいっ!」

「謝らなくてもいいよ。どうせ誰かに余計なことを吹き込まれたんでしょ」

図星だった。君は五条悟に相応しくないと五条家の使いだという人に言われたのだ。
だから身を引こうと思った。それなのに。

「誰に言われたかは簡単に調べられるとして。僕達にはまだ話し合わなきゃいけない問題が残ってるよね」

五条先生が鼠をなぶる猫のような口調で言った。

「どうやら僕がどんなにお前を愛しているか理解出来てなかったみたいだから、今からたっぷり時間をかけて教え込んであげるよ。その身体に、じっくりとね」

怖くて怖くて震えが止まらない私に優しくキスをして五条先生が言った。
ゾッとするような恐ろしい笑顔で。


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