「すっかり散ってしまいましたね」

「桜ですか?確かにもう葉桜になっちゃってますね」

月曜日の朝一番にホンキートンクを訪れた赤屍さんは、珍しくモーニングのセットを頼んでカウンター席に座っていた。
紅茶を飲んでいるのは見たことがあるが、食べ物を食べているのを見るのは初めてだ。この人も食事するんだ……というのが正直な感想だった。
黒衣に黒い帽子の運び屋は、てっきり人間のような飲食は必要としないのだとばかり思っていた。紅茶は単なる嗜好品に過ぎないのだと。

「貴女を花見にお誘いしようと思っていたのですが、タイミングが悪いことに長期の仕事が入ってしまいましてね」

トーストを食べ終えたお皿を受け取りながら、仕事を入れてくれた依頼人さんグッジョブと思ってしまったのは仕方のないことだと思う。
実のところ、私はこの人が怖くて堪らないので。
さっきお皿を受け取る時も少し手が震えていた。
この人の全身に染み付いた血と死の匂いが私を怯えさせるのだ。

「東北のほうはまだ咲いてるみたいだけどな」

余計なことを言わないで下さい、マスター。
赤屍さんがにっこり微笑むのを見て全身に鳥肌が立った。

「では、今度のお休みにドライブがてら桜を見に行きませんか?」

「今度のお休みは、その、予定が……」

「なまえさん?」

「はい、行きます」

今にも泣きそうな私を前に、赤屍さんは上機嫌だった。

生きて帰れるかな、私……。

「殺しませんよ」

赤屍さんが言った。

「愛しい貴女を殺すはずがないでしょう」

薄ら笑いを浮かべながら手を取られてビクッとなる。決して強い力で握られているわけではないのに、引き剥がせない。

「ちゃんと死なないギリギリのラインを見極めた上で、じっくりたっぷり可愛がって差し上げますから安心して下さい」

「ひえ……」


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