金曜日の夕方。いつもなら定時で仕事を終えてスキップしそうな勢いで自宅に帰っているはずだが、今日は近くのファミレスで赤屍さんと向かいあって座っていた。

「今度、美女と野獣の舞台があるのをご存知ですか」

「劇団四季のですね」

「ええ。是非ご一緒にと思いまして」

「え、でも、あの……」

「公演初日のS席Cブロックのチケットが取れたのですが」

「行きます!!!」

即答してしまったのを責めないでほしい。
美女と野獣は大好きなお話で、今度の舞台は是非観てみたいと思っていたのだ。
そのプラチナチケットとでも言うべきものをちらつかせられたら飛び付いてしまうのも仕方がないことなのである。

「良いお返事を頂けて嬉しいですよ」

赤屍さんはにこやかに微笑んでいた。
それは首尾よく獲物が罠にかかったのを見つけた狩人の目だった。
若干、自分から進んで罠に飛び込んでしまった気がしないでもないが、ここはぐっと我慢だ。

「楽しい夜にしましょうね」

赤屍さんが私の手をぎゅっと握った。
ベル!野獣!と呪文のように心の中で唱えて挫けそうな己を奮い立たせる。
そうでもしないと悲鳴をあげて逃げ出してしまいそうだったので。

「お時間を取らせてすみませんでした。用件はそれだけです。ご自宅まで送って行きますよ」

「ありがとうございます!」

ああ、嬉しい!美女と野獣が私を待っている。


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