私はいま夢を見ている。
のだと思う。たぶん。

何故かというと、自分の置かれた状況が夢としか思えないからだ。

主治医の神宮寺寂雷先生の話によると、私は事故に遭ったらしい。

奇跡的に命は助かったものの、右腕と右脚を骨折していて身動きがままならない状態だ。

それだけでもショックなのに、先生の話では、私の家はこの世界に存在しないのだそうだ。
私の家があるはずの場所には商業ビルが建っており、スマホに登録されていた家族や友人の連絡先には全て繋がらない、私が勤めているはずの職場も存在しないと言われては、これは夢なのだと現実逃避するしかない。

先生は「興味深い」と言って、色々な話を私から聞きたがった。
そうして先生が出した結論は、私は並行世界だか異世界だかの日本に来てしまったという突拍子もないものだった。

「そう考えれば説明がつくのですよ。君がH歴やヒプノシスマイクを知らない理由がね」

「そんな…じゃあ、もう元の世界には帰れないんですか?」

「わかりません。もしかすると、何らかのきっかけがあればまた一時的に元の世界と繋がる瞬間が来るかもしれない。ですが、私は…」

「先生?」

先生は切なげな表情で私の手を取ったかと思うと、驚くべきことを口にした。

「私は、君に惹かれている。自分でも不思議なほどに、どうしようもなく、惹きつけられているのです」

「先生…」

「君さえ良ければ、このまま私の側にいてほしい。私が君の帰る場所になります。必ず幸せにしますから」

そこまで言われて、心が揺れない女はいないだろう。
正直、私もぐらっときてしまった。

だが、次の瞬間


「そうはいきませんよ。彼女は渡さない」


突然空間が縦に切り裂かれたかと思うと、その割れ目から見覚えのある姿が現れた。

「赤屍さん!?」

「お迎えにあがりましたよ。さあ、私と一緒に帰りましょう」

元の世界に帰れる。
それは望んでやまないことだった。
本当に、本当に帰れるのだろうか?

「待って下さい。貴方は何者です?彼女は私の患者だ。黙って見ているわけにはいきません」

「…ほう、その殺気、ただの医師ではなさそうですね」

面白い、と赤屍さんの目が言っている。

「大丈夫です、寂雷先生。見るからに怪しい人ですけど、知り合いです」

「そうですか。では、帰れるというのも本当なのですか?」

「ええ、元の世界にちゃんと運んで差し上げますよ」

「どうも但し書きがつきそうな言い方ですね。はっきり言って、貴方は信用出来ない」

クス…と笑った赤屍さんが片手で帽子を目深に被り直した。

「なかなか勘の良い方ですね。ますます興味深い」

「ま、待って下さい赤屍さん!連れて帰ってくれるんですよね?おうちに帰れるんですよね?」

「その身体ではしばらく不自由でしょう。私の家で看病して差し上げますよ」

それ絶対二度と帰れないやつ!

あからさまに怯える私の肩を、大丈夫だというように寂雷先生が抱いて引き寄せてくれた。

「やはり、そういう魂胆でしたか。貴方に彼女は渡さない。私が守ってみせます」

「寂雷先生…」

「面白い。この私にそこまで言ってのける貴方の実力、是非拝見させて頂きたいものですねぇ。貴女もそう思うでしょう?」

「ふえぇ…!」

怖い!
助けて寂雷先生!


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