8時間の時差は大きい。
例えば、日本でなまえが目覚めた時にはイタリアではもうおやつの時間なのだ。

おはよう
おやすみ

そんな当たり前の挨拶さえ普通に交わせない。
時間差は二人の間に横たわる物理的な距離を表していた。

「お久しぶりですなまえさん」

そうして、ほんの少しだけはにかんだように微笑んだ彼を目の前にした自分はきっとおかしな顔をしていたに違いない。

「バジル君…?」

「はい」

微笑む彼は相変わらず優しげな面立ちではあったけれども、そこには見知った幼さは見当たらず、代わりに"艶"と呼んで差し支えない大人の男の色香が漂っている。
背も随分と伸びたようで、見上げなければ顔が見れない。
少年は暫く会わぬうちに青年へと変わっていた。

「親方様のご指示により、なまえさんがこちらに滞在されている間、案内役と護衛を務めさせて頂くことになっています」

「あ、はい…お世話になります」

ぺこりと頭を下げると、バジルは困ったように笑った。

「敬語はやめて下さい。どうか、今まで通りで」

ごく自然になまえの荷物をそっと取り上げたバジルが、こちらへどうぞと促す。

「バジル君も敬語なのに」

「拙者の口調は昔からこうですから」

澄まして言ったバジルに、なまえもようやく緊張が解けて笑った。

空港から出て、待たせてあったらしい車へと乗り込む。
その際にもバジルはきちんとなまえをフォローしてくれた。
さすがというか何というか、エスコートが板についている。

「…良かった」

車が動き出すと、バジルが呟くように言った。

こうして並んで座ると、身長差が縮まって少しだけ昔の距離に近くなった気がする。
バジルが首を傾げるようにしてなまえのほうを見て、サラサラの長い髪が肩口を滑った。

「なあに?」

「空港で会った時、表情が強張っていたので、嫌われてしまったのかと思ったんです」

「だって、バジル君すっかり美人になってたから緊張しちゃって…」

「なまえさんもとても綺麗になられましたよ」

さらりと言われた。
やっぱりバジル君もイタリア人なんだなぁ、となまえは妙な感心をしつつ、有難うと笑った。



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