学校に通っていた頃、夕暮れどきが一番好きだった。
放課後、委員会の集まりや行事の準備などで遅くまで学校に残っていたときは、よく窓から外の景色を眺めていたものだ。
夜へと変わる一歩手前の昏い蒼白の中に沈んでいく木々や建物を眺めるのが好きだった。
そうして訪れた夜の闇の中に身をおくと、身体の内の深い所から何かが沸き上がってきて気分が高揚するのを感じた。
血が騒ぐ、というのだろうか。
それは闇への憧れだったのかもしれない。

なまえは妖怪で、でも人間として生きてきて。
夜に眠り、朝起きて学校へ行く。
そんな生活を送っていても、身体の中に流れる血はやはり紛れもなく夜の生き物のそれだった。

「浮世絵町で君も会った奴良組の三代目、リクオ君もやはり人間の学校に通っていたよ」

由緒正しい妖怪の血を引く御曹司を人間の学校に通わせるのが妖怪世界のスタンダードなんだろうか。

「君はどうだった」

「私は玉章さんと違って大人しくしてましたよ」

内気な子だとか人見知りなんだと勘違いされていたようだが、そう思われているほうが都合が良いので、あえて訂正はしなかった。

「そういえば、ぬらりひょんのおじさまが、お孫さんと私はきっと話が合うだろうって言っていました」

「騙されやすそうなところがかい?」

玉章は切れ長の瞳を細めて馬鹿にしたように笑う。
なまえはちょっとムッとした。

「私だってそれなりに計算高いし、色々考えて行動したりもするんですよ」

「へえ、そう」

玉章が適当に相槌を打つ。
全然信じていないその口ぶりにむっとしたものの、計算高くて人をたぶらかすのが得意な彼からみれば、なまえの言う計算高さなんて鼻で笑ってしまうレベルなのかもしれない。
狸だけに。

「例えばどんな風に?」

「え…えーと……」

なまえは視線を逸らして考えこんだ。
くっと喉を鳴らす音が耳に届く。
驚いて玉章を見ると、彼は今度こそ本格的にくすくす笑い出した。

「ふ、ははっ、君って子はほんとに…!」

「玉章さん?」

「計算高い、って言うのはね」

ぐっと顔を近付けてきた玉章が、双眸を細めて妖しく微笑む。

「生徒会長に気にいられれば、女としてのプライドも優越感も満たされる……そう考えて媚びを売ってくるような女達のことを言うんだよ。君みたいな子は僕のいた学校ではやっていけないだろうね。弱肉強食の世界だったから」

「…普通の人間が通ってる、普通学校ですよね…?」

「何処にでもある、ごくありふれた私学さ」

とてもそうは聞こえないのだが。

「どうも、君がそんな風に育ったのはご両親の教育のせいというだけじゃなさそうだね。よほど平和な学校生活に恵まれたんだろう」

「そうかもしれません。転校生だからって仲間外れにされたりしなかったし、皆仲良しで親切ないい人ばかりでした」

クラスメイトや友人とは、それなりに仲良く出来ていたと思う。
でも、スポーツで汗を流すのがよく似合う彼らのその健全さが、どうにも相容れないものであるように思えて苦手だった。
彼の周りは明るすぎる。
私には眩しすぎる、と感じていた。

太陽が嫌いなわけではないけれど、やはり夜の闇のほうが落ち着く。
本能が闇を求めているのだろう。
だから玉章と再会したあの時、不思議な懐かしさと安心感を覚えたのだ。
ただ幼い頃に会った事があるからという理由だけでなく、彼の存在そのものが自分を惹き付けたのだとなまえは思っている。
彼は闇の中に生きる生き物そのものだった。
彼が纏う濃密な闇の気配にどうしようもなく惹かれたのだ。


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