案の定というか、やはりというか。
奴良組本家の門をくぐった途端、殺気立った妖怪達に囲まれてしまった。
各々が武器を手に、今にも闘いが始まりそうな一触即発の空気が流れる中、人間の友人らしい少年少女と共にいたリクオが玉章に向き直る。

「やあ、玉章」

「また君に会うとはね。今回はお呼び頂き…光栄だよ」

物々しい雰囲気を破ったのは「客人だ」というリクオの言葉だった。
三代目の客人に危害を加えるわけにはいかない。
それが例え、ほんの数ヵ月前に激しくぶつかりあった敵であってもだ。
渋々といった風に武器を収め、それでも完全に警戒は解かないまま、少しでもおかしなマネをすれば容赦はしないと言わんばかりに睨みをきかせてくる妖怪達の間を通って、玉章達はリクオの後ろに続いて母屋に入っていった。
玉章の傍らに屈んで彼の草履を脱がせ、綺麗に重ねてから風呂敷に包んで持ったなまえにリクオが声をかける。

「君は確か…あの時、隠神刑部狸と一緒にじいちゃんが連れて来た…」

「はい。その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。おじさまにも大変お世話になりました」

なまえは深々と頭を下げた。
二人のやり取りを、玉章は冷たくとり澄ました表情で聞いている。
殊勝な態度をとっていたら、それはそれで彼らしくなくてちょっと気持ち悪いような気もするが、少しはしおらしく出来ないものかとなまえは心配せずにいられなかった。
幸い、リクオのほうではそんなツンツンした女王様みたいな玉章の態度に腹を立てている様子はない。

「おじさまには以前お手紙でお礼と御詫びを申し上げたのですが……今日はこうしてお訪ねしたので、是非直接お会いしてご挨拶をさせて頂きたくて」

「じいちゃんは今日は留守なんだ。僕が代わりに伝えておくよ」

そう言うと、リクオはちょっと困ったように頬を緩めた。

「えっと、それで、君は、その……」

そういえば自己紹介がまだだったと気付いたなまえが答えるより先に、それまで黙っていた玉章が口を開いた。

「僕の妻だ」

「そうか、玉章の奥さん………………ええっ!?」

「なまえです。よろしくお願い致します」

「ウソだろー!?」と呻く声が庭先から聞こえてきた。
ざわめきとともに動揺している様子が伝わってくる。

そんなに自分は人妻らしく見えないだろうかとなまえは首を傾げた。
確かに、ほんの半年程前までは女子高生だったけれども、四国での日々で大分“奥さん”が板についてきたと思っていたのに。
四国の主の妻としてもっとしっかりしなくては、となまえは密かに気合いを入れ直した。

「リクオさま」

「えっ、サマはよしてよ!たぶん僕のほうが年下だし…」

「じゃあ、リクオさん?」

「あ、うん…じゃ、じゃあ、それで」

「若、照れてるぜ」とまたもや囁く声が聞こえてきた。
リクオにじろっと睨まれ、慌てて気配が散っていく。

「リクオさん、何かお手伝いする事はありませんか?お酒や肴を運んだりするのでしたら、私にも是非お手伝させて下さい」

「ありがとう。でも客人にそんな事はさせられないよ」

にっこり笑う様は、あどけない顔立ちと相まってとても優しげに見えたのだが。

「他の連中は来ているのかい?」

「まだ全部じゃないが徐々に集まって来てるよ。──こっちだ」

玉章の問いかけに答えて座敷への案内に立ったリクオは、再び別人のように凛々しい表情に変わっていた。


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