「お世話になりました、なまえ殿。それでは…」

「はい、気をつけて」

黒い翼をはばたかせて空へ舞い上がったカラス天狗を見送る。
彼方へと飛び去っていくその姿を見届けてから振り返ると、片腕に犬を抱いた玉章がやって来た。

「手洗い鬼達には指示を出した。どうも急ぎのようだから、僕達は特急を使って浮世絵町へ行こう」

「はい。すぐに準備します」

もしかしなくても犬も連れていくのだろうから、ゲージも用意しなければ。

「乗車券はネットで買えますね」

「ああ、それは僕が手配する。君は荷物を用意しておいてくれ。場合によっては何日も各地を転々とする可能性もあるからね」

「待て、玉章。なまえも連れて行くのか?」

隠神刑部狸が驚いたように尋ねる。
玉章もなまえも当然のこととして考えて話していたので、まさかこのタイミングで確認されるとは思ってもみなかった。

「玉章さん…」

留守番は嫌だと、縋るように玉章の着物の袖を握って見上げると、ふっと唇が綻んだ。

「そんな顔をしなくても、置いていったりしないよ」

「良かった…」

玉章の細い腰に腕を回してぎゅっと抱きつく。
玉章の腕に抱っこされた犬もぱたぱたと尻尾を振る。

「ここに残しておくほうがよほど心配だからね。一緒においで」

「はい!」

「その代わり、足手まといになったら即奴良組に人質として預けるからそのつもりでいるんだよ」

「が、頑張ります!」

豆狸が「止めても無駄ですよ隠神刑部狸様」と言っているのが聞こえてきた。


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