今から約千年前、安倍晴明という名の男がいた。

昼は陰陽師として活躍しつつ、夜は“鵺”として百鬼を率いていたその男は、己に従わぬ者や己の理想にそぐわぬ者達を容赦なく抹殺していった。
『清浄』と呼ばれるその大量虐殺により、日本の妖は一度全滅しかけたのだという。
簡単に言うと、「俺らに従わない奴らはぶっ殺す」を実行したという事だ。

その『清浄』が近日中に再び行われるらしい。
晴明の血を引く御門院という一族によって。

それを知った奴良組の総大将は、晴明と御門院の野望を阻止するには日本全国の妖怪達が一致団結して共闘する必要があると考えたのだそうだ。
そのための対策会議を開くので、四国の主に是非奴良組本家へ来て欲しいという申し出を伝えにカラス天狗はここを訪れたのだった。

疲労困憊しながらもカラス天狗が話し終えると、山口霊神堂の広場に沈黙が降りた。
奴良組からの使者と向き合っているのは、隠神刑部狸の父子となまえだ。

「ワシは隠居を選んだ身、決めるのはお前だ」

岩の玉座に鎮座したまま隠神刑部狸が言った。

新しい四国の主である玉章を見るカラス天狗は、やや緊張しているようにも見える。
もう半年以上経っているとはいえ、去年の夏奴良組のシマを奪おうとした記憶はまだしっかりと残っているだろう。
かつて敵として相対した妖の本拠地で、その大ボスと向き合っているのだから、警戒するのも頷ける。

「なまえ」

その場にいながら、しかし何の決定権も持たずにただ見守るしかなかったなまえは、突然名を呼ばれて驚いた。

「は、はいっ」

「彼を治してやるといい。そんな疲れきった身体では奴良組の本家にすぐに飛んで戻るのは無理だろう」

「それは…」

「四国の主として招待を受けよう。リクオ君にそう伝えてくれ。彼には借りがあるからね」

「…かたじけない」

堅苦しい口調で頭を下げたカラス天狗は複雑そうな顔をしていた。
旧敵を信じて良いものか迷いながらも、主人からの命令を果たせて安堵しているようだった。

その迷いは正しい。
絶対借りを返すためだけじゃないんだろうなとなまえも実は密かに思っていた。

その清浄とやらが本当に日本全国をおびやかすほどの一大事だとすれば、見事解決したあかつきには、真っ先に解決に乗り出した奴良組は最大の功労者として他の妖怪達から一目おかれる存在になるに違いない。
あるいは百鬼を従える最大の勢力へと成長するだろう。
つまりこれは妖怪世界の勢力図を塗り替える転機であり、チャンスなのかもしれない。

玉章はまだ野心を捨ててはいない。
きっとこれを足掛かりにして更に上を目指すつもりなのだ。

とは言え、なまえはそんなことは口には出さずにボロボロのカラス天狗の治療に専念した。
まあ、一時的に手を組むのをよしとした時点で同盟関係になったも同然なのだから、隙を見てリクオを始末しようなどとは考えていないはずだ。
たぶん。


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