目を開くと、天井の木目が見えた。 自分の部屋のそれとは違う模様に一瞬混乱しかけ、それからここがどこなのかを思い出して小さく息をつく。 ここは四国。 久万山の中にある八十八鬼夜行の本拠地だ。 (もう慣れたつもりでいたんだけどなぁ…) 隣ではまだ玉章が眠っている。 彼を起こしてしまわないように、なまえはそうっと布団から抜け出した。 寝所として使っている部屋から出て、廊下をひたひたと歩いていく。 屋敷の中は静まりかえっていた。誰かが動いている気配もない。 他は妖怪ばかりなのだから当然と言えば当然である。 彼らの主な活動時間は夕暮れから夜明けにかけての『夜』であり、用事でもない限り日中から動き回っている者は少ない。 とりあえずなまえは冷たい水でじゃばじゃばと顔を洗い、まだぼーっとしている頭をすっきりさせた。 酷い顔…とまではいかないものの、玉章の綺麗な寝顔を目にした後では、あまりの落差にガックリきてしまう。 しかし、一々気にしていても仕方ないので、気持ちを切り替え手早く身支度を済ませた。 (まずは……あ、そうだ、野菜とってこよう) 屋敷の裏手にある菜園へと足を向けると、後ろから呼びとめられた。 小さな狸が一匹、たったか駆けてくる。 「あれ、豆ちゃん。起きてたの?」 「はい。おはようございます、なまえ様」 「おはよー」 なまえは手を伸ばして豆狸の頭を撫でた。 玉章の犬とはまた違う手触りだ。 なまえに撫でられ、目を細めてうっとりしかけた豆狸が、ハッとして首をふる。その様子がおかしくてなまえはくすくす笑った。 「一人で出歩いたら危ないですよ」 「すぐそこの菜園に行くだけだから大丈夫だよ」 「いえ、お供します!」 キリッとした顔つきになった豆狸が、先導するように歩き出す。 随分可愛らしい護衛だが、一人きりで少し寂しく感じていたなまえには嬉しい同行者となった。 菜園に到着すると、意外に物知りな豆狸の話に耳を傾けながら、まだ朝露に濡れたみずみずしいトマトやキュウリを籠にとっていく。 会話はぬらりひょんがここを訪れた時に一緒に来ていた納豆の妖怪(?)の話になっていた。 「大丈夫ですよ!ここには納豆を食べる妖怪なんて一匹もいません」 「玉章さんも?」 「もちろんです!」 「そっか、良かったぁ」 なまえはほっとして胸を撫で下ろした。 食事や生活習慣の違いは、一緒に暮らす上で重要なポイントである。 玉章が毎日食卓に納豆が並ばないと嫌だという旦那様じゃなくて本当に良かった。 「あの匂いも苦手なんだけど、ねばねばしてるのもダメなの。オクラは食べられるんだけどなぁ…」 「オクラいいですね!あー食べたくなったー」 「私もー。でも今日は鯖のおろし煮だよ」 「鯖も好きです!」 「うん、私も」 野菜を入れた籠をよいしょと持ち上げた瞬間、横から伸びてきた腕にそれをさらわれた。 いつの間に来たのか玉章が立っていた。 寝起きとはとても思えない鋭い視線がなまえと豆狸を順に見据える。 「随分仲が良くなったみたいじゃないか」 「はい…って、なんでそんな不機嫌そうな顏してるんですか」 「フン」 「…玉章さんはツンデレですね」 「僕のどこがツンデレだって?」 「………」 |