(狸って…狸って…)

なまえはしょんぼりと肩を落とし、部屋の隅っこで膝を抱えて座っていた。

あの後、豆狸達と別れて屋敷に戻ってきたなまえは、洗濯物を取り込んだり畳んだりして家事を済ませた後、部屋に引っ込んでいたのだ。
大分ショックは薄れてきたが、まだ完全に立ち直れてはいない。

思えば初めからその心配をしてしかるべきだった。
玉章自身が隠神刑部狸の88番目の妻の8番目の息子だという時点で、推して知るべしだ。
他の兄達は先のいざこざの時に玉章が始末してしまったため、自分の息子はもう玉章一人だと先代は言っていたが、ある日どこからか隠神刑部狸の血を引いていると名乗る隠し子が現れても不思議はないなとなまえは思っている。

(玉章さんに愛人が88人いたり隠し子とかがいたらどうしよう……)

真剣にそんなことを悩んでいると、にわかに廊下の向こうが騒がしくなった。
わんわんお!と子犬が吠えているのが聞こえてくるから、玉章が帰って来たのだろう。
なまえはのろのろと立ち上がり、障子を開けて廊下に出た。

「ああ、そこにいたのか」

ちょうどこちらへやって来る所だった玉章と目が合い、何とか笑顔を作って彼を迎える。

「お帰りなさい、玉章さん」

「ただいま」

子犬は玉章の腕の中にいた。千切れんばかりに尻尾を振って喜んでいる。
無邪気なその姿にちょっと癒された。

「どうしたの。元気がないね」

「そうですか?」

なまえは笑って首を傾げた。

「ちょっと疲れたのかもしれません。でも平気ですよ。お布団敷いておきましたけど、先にお風呂入りますか?」

「いや…」

玉章は少し身を屈めて犬を下ろした。
くんくん鼻を鳴らして足元にまとわりつく子犬に構わず歩を進め、僅かにあった距離を縮めると、なまえのうなじに手をあてて引き寄せる。
なまえはされるがまま彼の腕の中に収まった。

「何があったか言ってごらん」

「何でもないです」

「なまえ」

優しげな中にも従わずにいられないような響きをこめて、玉章が名前を呼ぶ。
ぴくりと肩を揺らしたなまえの頭を宥めるように撫でてから、玉章は部屋の中へ入るよう促した。

「仕方ないね…」

「え──きゃっ!」

突然足元をすくわれたなまえが、とさっと布団の上に倒れ込む。
痛くはなかったけれど、突然すぎて反応出来なかった。
顔を上げると、玉章が双眸を細めてこちらを見下ろしていた。

「言っておくが…僕は痛めつけるのが好きだ」

言葉通りサディスティックな笑みを唇に浮かべながら玉章が宣言する。

「酷くされたくなければ大人しく白状するんだね」

忘れてた。この人はこういう人だった。

布団の上に倒れこんだまま、震えながら玉章を見上げるなまえに『大人しく白状する』以外に選択肢はなかった。


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