「もうそろそろいいんじゃねぇか?」

「うん、お願い」

冷たい清流に浸しておいた籠を、手洗い鬼がゴツい腕でざぶりと引き上げる。
籠の中身は野菜と蜜柑だ。とれたてのものをなまえが朝の内に川の水に浸けておいたのである。

「おー!よく冷えてますよ、なまえ様!」

籠の中から蜜柑をひとつ取り出して豆狸が言った。

「せっかくだからここで食べちゃおうか」

「賛成ー!」

なまえ達は岩場に腰を下ろし、それぞれ蜜柑を手にとった。
大中小の三つの影が水面に映ってゆらゆらと揺れている。
そこへ、川の中から現れた岸涯小僧が加わって四人になった。

「美味しいね」

「秋口からは温州みかんが美味いですよ、なまえ様」

「ワシは伊予柑が好きじゃ」

「いやいや、ポンカンが一番」

蜜柑の食べ過ぎで八十八鬼夜行が黄色く染まりそうな会話を繰り広げる妖怪達に、なまえは意外と人間の友達との会話と変わらないなと感じていた。
妖怪達もそれぞれ個性があり、忠義に厚い者もいれば、非情な者やあらくれ者もいる。
気が合う者同士で酒を飲み交わしたり、こうして仲間同士で蜜柑を食べることだってあるのだ。

「そういや、玉章はまだ帰ってねーのか」

「うん、昨日の夜に出掛けていったきりだよ」

「話し合いが難航してるんですかねぇ…」

四国には八十八箇所の霊場にそれぞれ妖怪の組織があり、かつて隠神刑部狸がそれらを束ねて四国八十八鬼夜行を名乗っていた。
今は玉章が引き継いでいるのだが、先日の浮世絵町襲撃事件以降、玉章への不信感から組を抜ける者が出たり、一部で不穏な動きが見られるようになっていた。
それで玉章自らが傘下の組に赴き、話し合いを行っているのである。

「なんでワシを連れていかんのじゃ。グダグダ言う連中はぶん殴っちまえばいいのによ」

手をボキボキ鳴らして肩を怒らせる手洗い鬼を見て、ああ、だから置いていかれたのかとなまえは納得した。
あまりにも目にあまる事態になっている場合は、脅したり口車にのせて言いくるめたり制裁を加えたり制裁加えたりしているようだが、基本的には穏便に済ませたいのだろう。
そういうことならお供は必要ない。
玉章なら一人でさらりとやってのけそうだ。

「話し合いが長引いてるんじゃなくて、前みたいに接待受けてるんじゃないか?」

回転する歯で蜜柑を噛み砕きながら岸涯小僧が言った。まるでミキサーみたいだ。

「接待?」

なまえが首を傾げて聞くと、妖怪達は凍りついたように固まった。
しん、と一瞬辺りが静まりかえる。

「え、なに?何か聞いちゃいけない事だった?」

「……いや……」

珍しく手洗い鬼まで歯切れが悪い。
なまえから目を逸らしたまま豆狸が恐る恐る口を開いた。

「玉章様は若くして四国の主になられた方で…その…女妖怪にとっても非常に魅力的な存在というか、自然とおもてなしにも力が入るというか……」

なるほど。そういうことか。把握した。

「大丈夫、私なら平気だよ」

なまえは妖怪達に微笑みかけた。

「玉章さんが瀬戸海の幸フルコース女体盛りの接待を受けてても、ぜんっぜん気にしないから」

「めちゃくちゃ気にしてるじゃないですかぁ…!」

なまえを見て豆狸が震える。

「そういや、人間の学校に通ってた時もモテてたみたいだな。何人も女をはべらせてたぜ」

「そっか…しょうがないよね、玉章さん素敵だし」

「まあ、キレイな顔立ちなんだろうけどよ……なんか目付きとか爬虫類っぽくねぇか?」

それは言っちゃダメだ。


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