「そこまでは覚えているんだね」 なまえが淹れたお茶を一口飲んで、玉章がなまえを見た。 いや、睨んだ。 「重要なのはその先なんだけど、君は覚えていない、と。そういう事だね?」 「は…はい…」 小馬鹿にしたような目で上から見下ろされ、なまえは小さくなりながら頷いた。 今の玉章は、あの時の玉章の兄達より怖い。 あの時は凄く優しいお兄ちゃんだと思ったのに。 いや、今でも確かに優しい人だとは思うのだが、暫く会わない間にちょっと──かなり意地悪な性格になってしまったようだ。 「お兄ちゃ…玉章さんに遊んで貰って、嬉しくて舞い上がっちゃったみたいで、ただ凄く楽しかったということしか……」 「嬉しくて舞い上がって、僕に求婚したのをすっかり忘れてしまったというわけか」 「…ごめんなさい」 「まあいいさ。約束は守ったんだ」 彼女の両親にも、これで示しがつく。 またあの子が泣いてしまうような事があったら、慰めてやってほしい。 あの子もそう望んでいるし、出来れば妻にしてやってくれないか。 あの日、なまえの両親は玉章にそう頼んだ。 お兄ちゃんのお嫁さんにしてねと笑った幼い少女に、「大きくなったらね」と約束したのを聞いていたからだろう。 父親の血を色濃く受け継ぎ、強い神通力を持つ玉章は、兄弟達の中でも異質な存在だった。 「貴様の目はギラギラしすぎだ」 「今の四国ではそんな目をした奴はいない」 と嘲笑われ、馬鹿にされていた。 強力な力と野心など今の四国には必要ないものなのだと笑われた。 玉章には、そんな兄達が平和ボケしているように見えて、むしろそんな彼らこそが妖怪として異質な存在なのだと思わずにいられなかった。 牙を抜かれた獣のような兄達を愚か者どもめと蔑んだ。 いつか、かつての父のように多くの妖怪達を率いて、再び妖怪達のための世界を築く日が来る。 そう信じて、密かに力を蓄える決意をしていた。 なまえの父は、そんな玉章の目を「野心があって、力強い良い目をしている」と褒めてくれた。 隠神刑部だけでなく、かつて大妖怪と恐れられていた者達が老いていき、妖怪達自体の力が衰退しつつある今、玉章のような力と志を持った若い妖怪こそがこれからの世を築いていく力となるのだと語ってくれた。 兄達は、人間の血が入った半端者の戯言だと言って馬鹿にしたが、玉章はそうは思わなかった。 実の父に「身の程をわきまえて生きて欲しい」との願いをこめて《たまずさ》と名付けられた玉章が、生を受けて以来ずっと誰にも理解されずに藻掻いてきた己の性分を初めて認めてくれた存在がなまえの父だったのだ。 その人が、将来は隣に置いてやって欲しいと願った娘がいま、玉章の隣にいる。 相変わらず泣き虫だけど、幸せそうに笑ってくれるようになった。 そんな彼女を誰よりも愛おしく思う。 「怒ってますか?」 「怒ってないよ」 玉章はため息をつき、よしよしとなまえの頭を撫でた。 馬鹿な子ほど可愛いというのは本当らしい。 |