玉章の父親である先代隠神刑部はなまえの祖父の兄なので、なまえにとっては大伯父にあたる。
つまり、なまえにとって玉章は従叔父であり、玉章にとってなまえは再従妹ということになる。

しかし、両親に連れられて四国八十八鬼夜行の本拠地を訪れた時には、まだ幼いなまえにはその複雑な系譜が理解出来なかったため、そこで会った大きな狸の妖怪の事は《親戚のおじいさん》、そして隠神刑部狸の息子達についても同じく、《親戚のお兄さん達》として紹介されたのだった。

《親戚のおじいさん》は優しいひとだった。
小さいなまえを軽々と抱き上げてあやしてくれたり、可愛い可愛いと褒めてくれた。
最初はその大きさにびっくりして少し怖く感じていたなまえも、すぐにこの大狸の事が好きになって懐いた。

ただ、《親戚のお兄さん達》は少々様子が違っていた。
父親の客人として表向きは礼儀正しく接してくれてはいたものの、どうやら腹の底から好意を感じてくれているわけではないらしい、という事をなまえは敏感に感じ取っていた。
それはもしかするとなまえの父となまえの中に人間の血が混ざっていたからかもしれない。

どことなく馬鹿にされているような、見下されているような、そんな不快感。
そのせいで何となく居心地が悪くてそわそわしていたなまえの耳に、
「いずれは此処で暮らす事になる」
「どうせなら、もううちの子になってこのまま一緒に暮らせばいい」
などと隠神刑部が両親に話しているのが聞こえてきたから大変だ。

ここに置いていかれる!と勘違いしてショックを受けたなまえはとうとう泣き出してしまった。

あーあ、泣いちゃった、と隠神刑部の息子達が笑う。
それさえもがいじめられているように感じられて、ますます涙が止まらなくなった。

そんななまえに「大丈夫?」と優しく声をかけてくれたのが玉章だった。
彼はなまえを慰め、そこから連れ出してくれて野原でお花を摘んでくれたのだ。

他の息子達は皆狸の耳が付いていて容姿もそれらしいものだったのだが、彼は違っていた。
丈の短い黒い着物を着た、細い身体に綺麗な顔立ちをしたこの《お兄ちゃん》に、なまえはすっかり懐いてしまった。
今思えば初恋だったのかもしれない。

ただもう嬉しくて、その後はきゃっきゃとはしゃいで楽しく遊んで貰った事は覚えている。


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