(うう…疲れた…)

やっと女達から解放され、廊下をぺたぺたと素足で歩いていく。
ついでに化粧も落としたので顔もさっぱりしている。
風呂に入ればどうせ崩れてしまうし、後は寝るだけだから問題ないだろう。
白無垢に合わせて濃いめに白粉を乗せた花嫁用の化粧だったので、寧ろ素顔に戻ってほっとした部分もある。

そんなわけで、少し落ち着いた気分で通された部屋に入ったのだが、お座敷かと思うような広々とした和室の奥にででんと並べて敷かれた二組の大判の布団を目にした途端、なまえは頭が真っ白になった。

(こ……これは……!)

もしかして、と言うかもしかしなくてもそういう意味に違いない。
てっきり祝言は絆を明確にするために取り急ぎ行っただけで、そういったアレコレはきっと落ち着いてからなのだとばかり思っていたなまえは内心焦りまくった。

(今の内にお布団離しておこうかな……ああ、でも、嫌がってると思われたら困るし……どどどうしよう…!)

そうこうしている間に、さらりと襖が開いて玉章が入ってきた。

「やれやれ……年寄りは話が長くて困るよ」

ため息混じりのうんざりした口ぶりだけで、父親に捕まっていたのだとすぐわかる。
中途半端な場所に立ったままだったなまえに気付くと、玉章は「ん?」と小さく首を傾げた。黒髪が揺れる。

「寝ないの?」

「ね、寝ます!」

なまえは急いで布団の所へ行き、片方の掛布団を軽く捲ってすぐに横になれるようにした。

「どうぞ!」

「そこまで気を遣わなくても、布団を捲るくらいなら自分で出来るよ」

呆れと微かな笑いを含んだ声。
足音も立てずに歩いてきた玉章が、捲った布団の上に座る。
右腕の傷口を治療したのはなまえだから痛みがないことは知っているけれど、どの程度の手助けが必要になるのかがまだよく分からない。
でも自分に出来る事は何でもするつもりだった。

「明かり、消しますか?」

柔らかい橙色の光を放つ行灯に目を向けて問うと、玉章は「そうだね…」と言って言葉を切った。

「君が明かりを消したほうがいいと言うなら」

「?はい。じゃあ消しますね」

なまえは素直に布団から出て、少し離れた場所にある行灯の蝋燭を吹き消した。
たちまち辺りは暗闇に包まれる。
夜目が利かないわけじゃないものの、さすがにさっきまで明るかったのが急に真っ暗になったので、まだよく見えない。
なまえは畳に膝をつき、大体の位置と輪郭を頼りに薄闇の中を手探りで布団がある方向へ向かった。

伸ばした手を掴まれる。

そっと引き寄せられるままになまえは男の腕の中に収まった。
その匂いも体温も感触もよく知っているつもりだったけど、今は生々しく感じられて鼓動が早まる。

「こういう事は初めてかい?」

耳元で甘く囁かれ、こくこくと頷く。
せっかく落ち着きはじめていた心臓がまたもやバクバクと激しく打ちはじめていた。

「そうか…僕が君の最初で唯一の男か」

熱を孕んだ瞳が至近距離から見下ろしている。
熱が伝染したみたいだ、となまえは思った。
玉章に触れられている部分が熱い。

「言っておくけど、僕は優しくなんてしてやらないよ。覚悟するんだね」

もちろんそれは嘘だとなまえはちゃんと分かっていた。


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