浮世絵町で命を落とした多くの同胞達の事もあり、祝言はごく僅かな身内だけでしめやかに執り行われた。

なまえは先延ばしにして貰っても構わないと思っていたし、当然そうなるものだと予想していたのだが、こんな時だから尚更今しておいたほうがいいと玉章の父が主張したのだ。
玉章もそれに対して異を唱える事はしなかった。
本当に良いのかと戸惑うなまえを「嫌なのかい?」という一言で黙らせて。

きちんと正装した夫となる男の凛々しさと美しさ。
婚礼衣装のずしりとした重み。
盃に口をつけた時に舌に感じた、慣れない酒の苦さ。
酒に酔って涙脆くなったのか、大きな手でなまえの手を包み込むようにしてしっかりと握り、「玉章を頼む」と涙声で何度も繰り返していた先代のこと。
そういった様々な事柄を、なまえはきっと生涯忘れることはないだろう。


この日、玉章となまえは正式に夫婦となった。


そうして夜も更けた頃。
ようやく祝いの席がお開きになり、ガチガチに緊張していた身体からやっと力が抜けたと思ったら、なまえは先代の世話係を務めている女達に取り囲まれ、有無を言わさぬ笑顔で湯殿に引きずり込まれた。

妖怪の住処とは言え、おどろおどろしい場所ではなく、意外にも旅館の大浴場のような清潔感のある明るい造りだ。
大きな檜の浴槽なんて見るからに気持ち良く浸かれそうだった。
しかし、あちこち観察する暇もなく、あっという間に衣服を剥ぎ取られてしまう。
もちろん下着も。

「さあさあ、なまえ様。綺麗にいたしましょうね」

「私達に全てお任せ下さい。隅々まで綺麗にして差し上げますから」

丸裸にされて涙目のなまえに女達の手が一斉に伸びてくる。

ある者には髪を。
ある者には上半身を。
そして、ある者には下半身を。
柔らかい手拭いで、あるいは手の平や指で。
良い香りのする泡でごしごしざぶざぶと隅々まで洗われてしまった。
それこそ普段自分で触れるのも躊躇われるような場所まで、丁寧にごしごしと。
狸じゃなくてアライグマになった気分だ。

お陰で、湯から上がる頃にはぐったりしてしまっていた。
頭のてっぺんから爪の先までピカピカに磨きあげられたなまえに満足そうな顔で白い着物を着せて帯を締め、女達は意味ありげに微笑んだ。

「それでは、ごゆっくり…」


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