両親が亡くなり、玉章が迎えに来てくれたあの日を境に、なまえを取り巻く状況はめまぐるしく変化した。

玉章に連れられて四国へと渡り、彼のマンションに荷物を置いてから久万山にある八十八鬼夜行の本拠地に赴き、そこで隠神刑部狸や他の妖怪達と引き合わされた。
一度マンションに戻ったと思ったら、なまえをそこに残して玉章自身はすぐにとんぼ返りで関東に。

「いい子にして待っているんだよ」と笑ってなまえの頭を撫でた玉章の姿が今でもはっきり記憶に残っている。

その後、なまえの元に隠神刑部狸の世話係が迎えに来て再び久万山へ。
そこには関東から来たというぬらりひょんが訪ねてきていて、隠神刑部狸となまえは浮世絵町で何が起ころうとしているかを知らされた。

奴良組の総大将と隠神刑部狸の会話から判明した“真実”は、なまえにとってはどれも寝耳に水な話ばかりだった。
そもそも、玉章の父親である先代隠神刑部はとうの昔に野望は捨て去り、人間の世界に干渉することなく穏やかに隠居生活を送っていたこと。
しかし、若く野望に燃える玉章が新たに妖怪達を集めて新生八十八鬼夜行として台頭したこと。
亡くなったとだけ教えられていた玉章の兄達は玉章自身の手で皆殺しにされていたこと。
その玉章は浮世絵町という町に他の組を滅ぼすために向かったことなど、今まで知らなかった事情を一気に知らされた。

玉章がこれまでなまえに教えてくれた事は、巧妙に真実を隠した上での耳に優しいばかりの内容だったのだ。

それでも不思議と腹は立たなかった。

過去に顔をあわせたことのある許嫁であると言っても、再会するまでずっと接点がなかった玉章とは、殆ど初対面に等しい間柄だ。
にもかかわらず、なまえは玉章が自分を大切に扱ってくれているという確信があった。
真実を隠していたのはなまえの身の安全を守るためなのだと、何の疑いもなく信じることが出来た。


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